V.S.

ポエマー長文地下室バンギャル

♪:Dub Note







住んでいる方にはかたじけない話ではありますが、「東京」に夢を見始めるであろう10代の頃のそのモデルと言えばヴィジュアル系バンド及び彼らの歌う曲だった偏った田舎者のわたしにとって、未だに東京とは言うなれば「暗部」です。例えば東京心中。夢破れて恋人と狭っ苦しい人生を投げ捨てる愚かさとか、東京病、色褪せた教科書と顔を忘れた友達を捨てる是非の区別の無いぼけた明るさとか、東京ランドスケープ、白旗を握り締めて振り上げる5秒前の疲弊と逡巡、例えばテレビでよく拝見する人の「東京っていうのは病気の人が一生病気でいられる街よ」という言とか。住んだことのないわたしが言うのもなんだけどこれはほんと至言だなと。
そういったものを連想するので憧れや希望はほとんど持てない街だという偏見が、わたしには未だにあります。まあそれは田舎にいたって同じことで、冷静に考えたら憧れや希望なんてものはどこにも無いと言いますか、東京に限ったことではないんですけどね。多分わたしにとってそれらは「場所」に着いて生まれるものではない。東京とは場所の名前という認識であって、環境の名前だとは思えていないんでしょうね。だから、東京に憧れる人の気持ちはあまり分からないんだけど、憧れる人たちにとって東京とは環境の名前なんだと思えば納得がいきます。

そういう「都会の暗部」的なもの、全てをありのままに受け入れ消化することなく野ざらしでいつか灰になるだけのガラクタ置き場みたいな、涯の風景というものが青さんの作ったものには必ずあって、想わせ患わせるのがべらぼうに巧くて、そういうところが好きだったなとlab.を聴いていると思う。
結局青さんの話かよっていうね。そうだよ。ほとんど発作だよ。病気だよ病気。誰か治してくれ
趣味を糧とする人生を生きるなら、最初から東京生まれだったらしなくていい苦労があったかも知れないんだけれど、そういうイメージを持ちながら曲を楽しめるのは地方出身者の得かも知れないなと思うとこのクソ田舎も別に愛しくはなりません。先日職場近くで同級生と思わしき人とニアミスしてほんっと異動はよと思いました。地元嫌い地元の人間嫌いってもうここまで来ると治せないんだろうね。性質の問題だな




以上青さんの好きなところを言語化する試みその1でした。
青さんだけはほんと言語化出来ない。なんていうか前は桜井青とは神である宗教であるって感じだったんだけど今はもう「桜井青とは私にとって言葉である」って感じ。壮大か
ラボのライブの日休みだったにも関わらずライブがあることすら翌日に知り愈々しぬと思った一昨日のわたしへの供養として上げます。しかもホイールやったんだよホイール!!!!尊いの極みだから!!!!!桜井青の作品の中でも一番自主制作ショートフィルムっぽさがあって最高なんだよふざけんなよ!!!!

真っ昼間から更新してるけど今日休みなんだーでも日曜日に外に出るなんてムリだぴょーん
元気があったら前部署に顔出してこないだ助けてくれたパートさんにお礼言ってくるよ。元気があれば。こないだ上司に「元気があれば…」という言葉を連発していたら「何でも出来る」と返されました。猪木じゃねーよ まだかろうじて女だわ

それでは短いですが生存確認。元気があれば何でも出来ますが元気がないので短いブログ書くのが精一杯です。身体は健康そのものです。わりと丈夫です。では。







         

踏切前






通勤の途中で踏切を渡るのだけど、徒歩じゃなくて良かったなと思う。そんなつもりは一切なくても何かの拍子に駆け出してしまいそう。

顔を出さない間に仕事が無理すぎて気力を奪われムックのライブを蹴ったり大阪に友達と晩酌するためだけに行ったりしていました。
往復新幹線を使って20時から翌日12時までの逢瀬のために大阪に行ったのは初めてで、本当はパワースポットみんぱくに行こうと思っていたのだけど、やっぱり仕事に気力を奪われ吸い取られ睡魔に無条件降伏を喫し帰宅したのでした。南無。でもやっぱ大学の友達は良いなと思います。お好み焼きに串揚げ、最高に美味しかった。食べ物で感動することってかなり少ないけど串揚げめちゃくちゃ美味しくて、お店の人も気さくな感じで、あー働いてて良かったなあと思ったし、昔だったらやらなかったけど、友達に連絡してみて良かったなあと思った。いい夜でした。

仕事ねー。わたし毎日(いろんな意味を含むけんども)わりとヒーヒー言ってんのに、曰く、全然足りてないみたいで。まあ自分から頑張ってるとはなかなか言えないけど半年で異動した新入社員なんて他にいないのに、担当してる仕事だって同期の倍あんのにさー、足りないんだってさ。もっと出来ると思われてんのか知らんけど、どうせ女は出世出来ないしなあ。
そもそもほんとは友達に会いに行ったのだって、「仕事楽しい?」って訊きたいって気持ちいっこだけだった。訊くまでもなく楽しそうで、それは良かったなあと思うのだけども、ライブを蹴ってねっころがって過ごしてた身としてはやっぱ心のどっかに小さい重りがついたみたいな気持ちになる。嫉妬ややっかみではなくて、自分は何でこうなんだろうなーっていう、絶望というと大袈裟すぎる小さな絶望。


最近溜め息を飲み込めない。おもいっきり息を吐かないと再び吸えないようなそんな感覚に陥る。人前でも溜め息をついてしまう。ダメだなあと諌める気力すら無い。ライブに行く体力すら無いんだもん。そりゃあ気力だって無くなる。正直このままだとバンギャル上がってしまうのではと恐々としてるんだけど、次のライブの予定もないし、だけど音源はやっぱヴィジュアル系最高ー!!ってなるからもうちょい大丈夫かなって寝る前に布団の中で思ったりする。
簡単なストレス解消法と言えば食べること、寝ることだけど、もうどっちも飽和状態で、勢い余って水着買おうか悩んでる。運動しようと思って、唯一水泳は好き。息が切れないから。汗をかかないように感じるから。水が好き。水泳やりたいなーと思って、思いつつ、水着を買うハードルは高く、まず休みの日に外に出れねえ。

金属みがきとシリコンスプレーを買ってアルバイトの初任給で買ったお財布のファスナーの滑りを良くしたりしていた。26歳女性としてどないやねんと思いながらも最近はそれが大阪の次に楽しい休日だった。
自分でいろいろと買えるようになってから、家にお財布とかカバンとかどんどん増えて、選択肢がムダにたくさんあって、結局一番気に入ってるものは使えなくて箪笥の底にあったりする。そういうのももうやめたくて、気に入ったものだけ残してあとは全部処分しようと試みるけど、結局箪笥やら押し入れやらから段ボールに場所が移っただけだったりした。
気に入って買って、思い出深いからとファスナーを磨いたんだった。綺麗になって、嬉しくなって、3日くらい使って、やっぱ仕事上長財布はなかなか難しいなって結局間に合わせで買った折り財布とかコインケースでおためごかししてんだ。げんなりする。気に入ったものもちゃんと使いこなせない状況に。肩肘すら張れないような、むなしい感覚に。



しんどいなー、何でこんな押さえつけられてるような感覚なんだろう。春だからか。嫌いな季節だからか。冬より春の方が重いのは何でだろう。嫌なことばかり思い出してしまうのは何でだろう。頭の中で何度も抹殺した人間が何度も甦るのは何でだろう。死にたいという気持ちに浸かっていられる心すら無い。とりあえず呼吸する。とりあえずご飯を食べる。とりあえず仕事に行く。とりあえず、それを生きると呼ぶ。

誰か遊ぼうぜー
友達でもバンドでも一人でもいいから、わたしをわたしだときちんと認識出来るところへ行きたい。


昨日買った新発売の柔軟剤、テスター無かったけどすごく好みの香りで小さな幸せ。
こういうので日々自分のご機嫌とりをして、いぬを撫でて、カーチャンと話して、音楽聴いて寝る。それが精一杯。仕事がしんどいのではなく、多分わたしがわたしでいることが今はしんどい。


          

あなたはわたしが死ぬまで尊い





人は裏切るくせに作品は絶対にわたしを裏切らないから、愛してるけど憎いのよ。


想い出と思い入れを限界まで込めても尚吸い込み続ける作品が、やっぱりいつまでもどこまでも尊くて、季節がめぐる度にわたしは心臓に爪を立てられるような思いをするんだろうなと何度も何度も思うんです。
好きという言葉だけでは満たない程にあなたの作るものが好きでした。
忘れることや捨てることが餞になるのではないかと淡い期待を抱きながら、今も笑う人たちに冷や水をかけ続けて、過去に縛られ続けることはあまりにも楽でした。
ああ、嫌だなあ、もう厭だなあと思うのに、だけど、過去は変わらないから、目を閉じて耳に流れ込む音や声は、多分もう意識や理性なんてものを超えて染み込んでしまっているから尚更いやになるんです。


圧倒的な情景描写、苦しいほど繊細な感情表現、相反せず技巧的な音、無二の存在感。どんなに言葉を尽くそうとしてもきっとわたしは一生この感覚を表すことが出来ないだろう。敗北。一生涯負け続けることが決定している。隣に並ぶことすら永遠に叶わない。なんて心地好くて素晴らしくてそして無様なんだろう。
あーマジ何でこれを好きにならずにいられるんだかわたしには理解が出来ないわー。どう考えても至宝。
好きだから好きだって言いたいし、どこがどういうふうに好きなのか言いたいのに、どういうふうになんて説明出来ないのね。この人に限っては。何べんも何べんも同じこと言って、何べんも何べんも違う文句並べても、多分絶対言い尽くせないからあなたはわたしが死ぬまで尊い
リサイクルとリバイバルを繰り返しているだけだとしてもそこに嘘なんて全く無い。
もう二度と出逢うことはないけれど、出逢えて良かったんだろうなと思うし、それを間違いになんてしない自分でありたいと今も思います。


あークソ好きだな。好きだわ。やっぱ好きだ。好きだ。つらい。



     

常夜灯








わたしが自分の人生をcali≠gariというバンド、主にギターの桜井青にありったけの金と時間とそして感情を(健全に)注ぎ続けていた頃にライブ会場で出会った友達が、「みんなの発狂」の狂信盤を貸してくれた。「サクライストののいさんに是非聴いてほしい」とのことで、わたしがあのバンドに怨み辛みを溢しているのを知っていても尚そう言ってくれるのは本当にありがたいことだなと思う。お返しに青さんのソロ関連のCDをいくつか半強制的に借りさせたのだけど、どれも評判が良くて嬉しかったし、「これは本当に…青さん好きになるよね…」ってしみじみ言われたのが共感しまくりで半ば誇らしくもあって、未だにそう思ってて、「尊いという言葉は桜井青のためにしか存在し得ないのだ……(安らかな死に顔)」みたいな感じになってた。

ただ本八幡発狂の初日以降ワンマンに行っていないわたしはみんなの発狂を聴いたことが無かったし、せっかく貸してくれたのに再生ボタンを押す気にもなれなくて、借りたのが最早いつだったかさえ思い出せない今日になって初めて聴いた。

ド変態なベースの音が懐かしいなと思った。叫び声の途中でぶつり切れる終わり方は慣れていても少しゾッとして流石だなと思った。ひねくれた玄人のやり方で、やっぱりこのバンドは大概頭おかしいなと感心した。
聴かなくなってから、追いかけなくなってから、目を逸らしてから大体どれくらい経つのかさえもう考えることはめんどうくさい。だけど、まあ、変わらないんだろうね。あの頃と。一つだけ除いて。
ドラムがどうしても気に入らなかった。ペタペタ言ってるドラム。音楽理論とか楽器とか詳しくなくても感覚的にもう引っ掛かってしまうドラムの音。
むしろ自分にドラムの音に違和感を感じるような耳があったことに驚いたよね。あれもこれも全部cali≠gariの所為だろう。ずっとボーカルだけ好きで、ボーカルだけを見ていて、それこそポルノをめちゃくちゃ聴いてたときだってひたすら昭仁の音だけを聴いていたのに、いざ蓋を開けてみたら好きになったのはギタリストだった。作曲も作詞もあまつさえデザインすら卓越した、尊い以外の語彙が死滅するようなギタリストだった。自分の出来るところギリギリまで追いかけて、ライブがあれば毎度毎度上手に陣取り同じ景色を作り、自分でも分かるほど目をキラキラさせながら数年間追い続けたギタリストとそのバンドの作る音楽の、ボーカル以外の部分を聴かないなんてそんなおばかさんの極みみたいなこと出来るわけがなかった。アホだったからそこで初めてバンドの音楽には歌だけじゃなくてギターがありベースがありドラムがありその他もろもろがあり、いろんな工夫といろんなメロディーがあり、それが組み合わされて重なって出来ていることを知った。
面白かった。面白いなと思った。バンドって楽しいんだなって。その人たちにしか出せない音が、きっと存在しているんだなって。
WALKMANをシャッフルしていると、たまに入れただけでろくに聴いてもいない音源が流れることがある。不思議なことに、聞き慣れているとどのバンドの曲だか分かるようになるんだ。「このギターの重さの感じ、もしかしてナイトメアかな」とか思って画面を確認するとほんとにナイトメアの曲だったりする。そういうのわたしでも分かるようになるんだな!ってすごく驚いたし、やっぱ、面白かった。

例えばヴィジュアル系の名曲をカバーしたオムニバスなんかでも、若手がたくさんいる中にぽんと活動15周年を迎えたバンドが入ってたりして、言わずもがなMERRYだけど、イントロが流れるとそれだけでもう「おっ!」て思うのだ。このバンド格好良いなって。上手いなって。キャリアの分だけ修練されたものがあって、そういうのを聴いていると、多分だけど時間を積み重ねてきた音は嘘をつかないんだろうなと。


この間MERRYとsukekiyoとメトロノームの3マンを名古屋で見てきた。sukekiyoは京さんが相変わらずだったし、楽器構成が複雑且つきちんと把握してないので失礼ながらお名前を存じ上げないのだが、メンバーの1人がすごくニコニコしながら弾いていたことに驚いた。京さんがああなのにステージで楽しそうに笑うのは「アリ」なのだなあ、と、やっぱりバンドって自由で最高だなって思った。MERRYも勿論楽しかったけど、ガラが気合い入りすぎてて笑った。あと途中退場梟見逃しマンになって泣き濡れて帰ったりもした。わたしの大好きな…梟…
だけど一番の収穫はメトロノームだったりする。すごく楽しかった。誰に聞いても「メトロノームは楽しい」と言う。それはcali≠gariが好きな人、ムックが好きな人、lynch.が好きな人、DIRが好きな人、ノクブラが好きな人、本格的に通っているバンドがどこであってもみんながみんな楽しいと言う。その通り、めちゃくちゃ楽しかった。楽曲をあまり知らなくてもノリは良いしフリも複雑じゃないしMCで笑える。楽しいは正義だ。もう一回見たい。

そして案の定考える。再起動をしたバンドと、ファンがそれを再び見れることの、どうにも言えない幸せと悲しみ。
どんな事情で活動を止めたのかは分からないけれど、人間だから、どうしてもうまくいかないことがあって、だけど時間が経ってまた一緒に音を出すことの貴重さ。メンバーは楽しいかなあ、楽しんでくれるかなあ、わたしたちが見ることを、喜んでくれるだろうか。
一度止まったものが二度止まるのは多分何ら不自然なことではなくて、また再び身を裂かれるような思いをするとしても、それでも行かずにはいられないような、泣きたい気持ちと嬉しい気持ちがごちゃまぜになった言い得ないあの感情を持ちながら今ここでメトロノームを見ている人がいるかも知れない。
わたしはどうだったかな。活動休止前のことは知らないけれど、それでも休止前の活動があって作品が好きだったから再起動後に通い出して、そこでたくさんのものをもらって、自分を少しだけ許すことが出来て、そして、今は。
メトロノームを見ながらそんなことを考えた。
だからもう一度見たいと思っているけれど、同じことを繰り返すのではないかなんて思って、少し怖がってもいる。


「許す」という言葉の、上から目線さを考える。
許すという言葉には許可の意味合いが強くて、上が下に許可する、というニュアンスが大きい。下から上へ要請があって、とか。きっとどうしてもそこに上下関係が生じる。だけどわたしがずっと言ってきたのは、ただただ「ちょっと待ってよ」の気持ちだということをもう一度言いたい。ちょっと待ってよ、そんなの飲み込めないよ、腑に落ちない、みとめたくない、お願い待って。そういう、もうどうしようもない感情が強くなりすぎて、「許す/許さない」になってしまうのだ。気持ちの強度の問題だった。

メトロノームの曲で、客席のファンがその場でぐるっと回るフリがある。わたしの前にいた2人のファンがそれをやってたのだけど、2人とも、すごく笑顔だったのね。本当に楽しそうだった。良いなあと思った。勿論ステージ上のバンドのパフォーマンスが目当てではあるけれど、そうそうこれこれ!これが見たくてライブ来てんだよ~良いもん見せてくれてありがとう~~!!って、名前も知らないファンにお礼が言いたくなった。勿論メトにも。
バンドだけではライブって成り立たなくて、楽しんでいるファンがいるからあの空気感が生まれるのだ。それが見たくて聞きたくて感じたくてわたしはライブに行く。だから、よっぽど知らないバンドじゃない限りは熱中しているファンの空気を体感したくて前の方で見るようにしている。あれは本当にそのバンドを好きな人しか出せない空気なのだ。

溢してきた怨み辛みは、冷や水でしかない。
泣きながら書いたただの愚痴に、心の底から共感してくれた人がいて、或いはまるっと肯定は出来なくとも納得をしてくれる人もいて、わたしは幾分か安心したのだけれど、結局全ては打ち水なのだ。今のあのバンドにとっては熱を邪魔する存在でしかないことは、もう随分前に分かっていて、だけど、やっぱり「だけど」が出て来てしまうのがまた申し訳ないけれど、だけど、黙ることは出来なかった。
今だから言えることかも知れない。黙ることで忘れ去られるのが嫌だった。楽しいと言われる度に、「楽しさ」に救われてきた人間として、否定されているような気持ちになって辛かった。3人になって、アーティスト写真のメンバーの距離が近くなったことが苦痛だった。それぞれのファンの呼び方が変わったことに腹を立てていた。何のアピール、何のための刷新。もうわたしは要らないのね。亡き者なのね。そうですか、上手くやれてて良かったですね!あんなやり方で、切り捨てておきながら。楽しそうで、何よりですね…
そりゃあ時間が経てばどうやったって変化は起きる。変わりたくなくても嫌でも変わる。変わらずして存続は有り得ないから。だけど忘れてほしくなかった。否定してほしくなかった。大事にしてほしかった。大切なものを大切だと分かってほしかった。認めてほしかった。無かったことになんてしないでほしかった。
大好きだったあのバンドを、メンバーにも、大好きであってほしかった。
何があったかなんて知る由もない。だけどせめて、表面上だけだったとしても、綺麗な思い出を綺麗なままに保存させてほしかった。許せなかった。どうしても、どうやっても。それは、今も。

正直なところを言えば、多分わたしの熱量は尽きる段階に来ていて、遅かれ早かれ行かなくなったような気もする。あの時間やお金や感情の掛け方はきっとほんとに人生の一時期にしか出来ないものだっただろうと今は思う。正規雇用でなかったこともあって、なんとかしなきゃいけないと思い続けていたし、自分でも限られた時間が終わりに迫っているなと感じていたところに脱退が起きてしまった。選びたくない言葉だが、言いたくないことなのだが、恐らく、タイミングが合致してしまっていたのだろう。悲しいことに。悔しいことに。

それに(わたしが桜井青に大きすぎる幻想を抱いているのもあるが)、推し量るのも烏滸がましいところではあるが恐らくメンバー側もそんなこと承知の上だったと思う。脱退が何をもたらすか。温情として、「許せない」ーーつまり「ちょっと待ってよ」という気持ちの強いのがあることは、多分、向こうだって分かっている、はず、なのだ。はずだ。そうであってくれないと困る。

だってそうでなきゃ、あまりにも振り落とされたいくらかのファンが、浮かばれなさすぎるでしょう?


わたしはcali≠gariを、今のあのバンドを、今のcali≠gariを、許したいと思った。


みんなの発狂を今日になって初めて聴いたのはそういう理由だ。例え許した先が真っ白な忘却であっても、それでも構わない。冷や水を掛け続けるよりはきっとましなのだ。亡き者はきちんと葬られるべきだと自覚している。きちんと葬ってくんなかったから、自分で墓穴を掘ってそこに眠りにいくしかないわけだ。ま、ドラムの音は納得出来ないけど。残念ながら今のままでいる限り永遠に納得出来ないと思うけどね。ははは。逆にバランス悪く聞こえるのが笑える。はは。
だけど変態っぷりは健在で良かったよ。本質は変わらずに頭がおかしい。それはほんとに強みだし、何よりの魅力だと思っている。
神が人になっても、コレクター気質が膝を折っても、音源は買うよ。買って聴くだけで「ありがとう」なんでしょう?楽しみには出来ないし、ライブも行きたいとは思えてないけど、期待だけはしている。

書きたくても書けなくて、書けなくても書きたくて、書きたくなくても書いてきて、毎回毎回これが最後だって思って、何度も何度ももうやめるって言いながらやめられなかったけど、初めて「許したい」と言えたのはやっぱりメトのおかげだったりする。ありがとうメトロノーム
許せると思ったら、許せたかもと思えたら、また宛もなく書こうと思う。


ライブに行くことも音楽を聴くこともやっぱり最高に好きだから。
本命と唯一言えたバンドが千切られて消えても、それを諦めるのはやめようと思った。








      

愚鈍の桜







意味はよく分かりませんがTHE・ヴィジュアル系って感じでとても素敵です
中身はいつものあれ

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此処から飛べ 怖くは無いさ








わたしにとっての好きの中の2種類

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♪:脈拍







精神的に参らないことだけが目標、暗い気持ちに支配されないことだけが目的だから、楽しいは二の次三の次、ただ「しんどくない」それだけが唯一絶対の仕事に求める条件(いや勿論給与とかその額面も不可欠だけども)。まあ何だろうな、言ってもやっぱしんどいし時々ほんとに気が滅入るんだけど、それで朝起きて死にたくなるほどではないしむしろそういう気持ちになる前に行動するという防御をしている(それが出来ている)。だけどふと考えるよね、7時に家を出て21時過ぎに家に着くこの生活の行く先。他に何があるかなあって。ライブも行けないし家に帰ったらご飯食べて寝るだけの生活。これ意味あんのかなって。楽しきゃまだいいのかも知れないけど別に楽しくもない仕事で1日の半分。睡眠時間を6時間と見積もってもあと6時間しか自由が効かなくて、それでどうすんの?って、そりゃー思わざるを得ないよね。フリーターのときはさあ、こんな楽してて良いのかなちゃんと仕事してますって言いたいなと思ってたけれどいざ「職に就いています」って言える状態になったところでじゃあそれ以外の部分のわたしに何があるのかってことが言えなくなってきてしまっている、それがすごく馬鹿馬鹿しく感じる。虚しいとか切ないとかじゃない。なーにしとんじゃろわたし、って呆けてしまう。こんなにもたくさんの時間を楽しくもないことに費やして。仕事に楽しさは全く求めていないから憤りみたいなものはないけどあー馬鹿馬鹿しいなーって口開けたくなるこの気持ち。それでも生活をしていかなくてはいけないから働くけれど、そこ自体に目標や目的が無い人間が働いたところで何が生まれるのか分からない。いや何も生まれませんよ。のんべんだらりと生きていきたいなあ。しんどいことを排除して精神的に楽して生きたい。それだけ。それだけだよ。精神的に楽をする。サボるとかじゃない。怠惰になるわけじゃない。ただもう二度と追い詰められたくないんだよ、身を捻り切られるような不安を感じたくない、だから頑張ろうとも思えない。頑張ろうという意欲の代償は疲労、決意の代償は自己嫌悪と恥。恥をかきたくないんだね。恥の多い人生だからもう。あー、結果に期待してないんだ。全然ポジティブに考えられてないんだ。視野縮こまってきてるし、視線は後ろ向き、口角は下向きだ。あー疲れた。あーモニョる。言いたいことがめちゃくちゃあるのは絶対お互い様な筈なのに、マスクの下で舌を出して終わり。言いたいことを言えばそれだけ反駁。違うじゃん、そういうことじゃないじゃん、を延々。水掛。もー無理だ。人を嫌うのはエネルギーが要るから極力やりたくないけどどっかにあー違うな、って合わないパズルがある。言霊を闇雲に信じているので積極的に言いたくもないけど、気に食わない。気に食わないんだよなあ。上から目線だなあとは思ってる。謙虚になる余裕もない、謙虚どころか見る余裕もない。五感死にかけながら動いてるんだから、謙虚なんて高次なこと出来ない。

いろんな気持ちを込めて、内向き外向きの愚痴フヘイフマンフアン、言えないことも言いたくないことも吐き捨てたいことも投げつけたいことも詳細を全部引くるめてわたしは「ライブに行きたい」って言うことがあるけど、まあそうやって変換出来る願望の明るい動詞を持ってることはきっとそこそこ恵まれているんだろう。26日当日券出してくれたら良いな、ただ行って楽しめるかは別だけど。別だけど、あの熱轟音呼吸空間暗転、地の底から天まで駆け上っていくような興奮と何にも換えがたい高揚感、それがあれば多分まだやれる、まだ頑張れる、と思えるかも知れない。そこにしか頼るところがない。生身の人間を信用出来ないわたしは。死にたいと口に出せなくなったのはいつからだったっけ。何とか呼吸をし続けるためだけに半径10cmのありとあらゆることに手を伸ばす。その中にはもう死という選択肢は無いのだ。ただその10cmを飛び越えた先には常にある。いざとなれば終われば良いと。それはもう本能に近いようなものなんだろう。
こういうくだらないことを書き連ねて時間を浪費する夜にさえ我ながら呆けてしまう。もうちょっとましなこと書けねーのかよ。面白いものが見たい。心揺さぶるようなものが見たい。わたしもそこへ、その場所へ行きたい、と思えるもの。だから過去にすがりつくんだ。帰れたらいいのにな、何よりも好きなものを好きだと言えていた頃に。今のわたしを見たらあの頃のわたしはきっと哀れむだろう。哀れむだろう、笑いもせずに。馬鹿馬鹿しいなあ、浅い意識で生きていくこと。無くなっても困らないものがずっとそこにあること。いつの間にか何もかもが終わっていくこと。意義の無さそうな人生。半径10cmの信号さえ不要な世界。







        

眉間の皮がむけます






漠然と悲しい気持ち

口を開けば愚痴で他人と距離が開いた気がするし気力不足で行けた筈のライブも行けないし洒落にならないミスはするし2日後には特大クソイベ(仕事)が待ってる
は~~~~~

良かったことは迷惑をかけたので謝罪謝罪謝罪…と絶望的な気持ちで出勤した日に上司にチョコレートをもらったこと。そう!そういう良いことが起こってほしい!予想外なこと!めっちゃ嬉しかった!
テストの成績が良かったからおめでとうということでもろたんだけどまじあの、良い成績取ってご褒美貰うというか祝ってもらうのってほんと新鮮すぎました…大して出来る方でもなかったけど親が教員なせいで勉強してたら点数取れて当たり前だよね(してなかったら取れるわけないよね)っていう認識だったので良い成績取って誉められたり祝われたりが新鮮で新鮮でもう…すげー頑張って良い点数取ったときに親に「当然でしょ」って言われたの未だに根に持ってるからな!!だからわいは頑張るのやめたんや!!(天晴れ責任転嫁)
今美味しく頂いております。高いチョコレートに合う舌ベロをしてないのだけど美味いやつめっちゃ美味い。上司ありがとう正直シャ●チョさんからもろたもんより嬉しいチョコレートぺろぺろ

ライブは支払いに行く気力すらわかずにチケット予約してたにも関わらず流れました。うける~~
なんかもうほんとにバンギャル上がるかも知れないなと最近思う。上がりたいとか一度も思ったことないし末永くライブ行きたいと思ってたけど全然行けねえ。仕事に何もかも奪われ過ぎやろ
ところで3マンめっちゃテンション上がらない?メンツ想像ついて悲しくなるけどめっちゃテンション上がらない?HEREと四星球めっちゃ見たいんだけどあのタイトルにそれ期待するのは愚かすぎるよね?
気力気力何をするにも気力が足りない。休みの日気付いたら15時まで寝たり起きたりしてそこからちょっと起きて夜いつも通り寝る。そんなんでライブ行けますか!せめて近場に来て!行けるときに近場に来てお願い
傘と雨も初回Bと通常買ったけどゾンビ地獄ディスコ切なかった。笑っちゃうくらい好みじゃないwwwwいやいいんだ、好みじゃないなあという感想のために1300円払ってる。そこに後悔など無いぞ。ハッピーライフ(最早アルファベットすら使えない)のアコースティックハイパー良かったしな!
はーでも傘と雨の歌詞もまた切ない違う意味で。音も声もMERRYは最高で満足できるけどやっぱ歌詞だけは桜井青じゃないと…桜井青御大じゃないと…cali≠gariについて喋れることはもうほとんど底をついたけれど桜井青に関しては本当に「やべー好きすげー好き神ってる」くらいのことしか言ってこんかったからまだ喋り扶持があるぞ。喋れんけど。今も神ってるくらいしか言えんと思うけど。最近やっと聴きたいと思って聴けるようになってきたんだけどやっぱり桜井青ってすごい。尊すぎるあの言語感覚
3マンcali≠gari来たらわたしまた喚くんだろうな~~~~想像だにうっざ~~ってなるな~~~!なるべく黙りますよ。まあ既に新宿は行けないの確定してるしね。ああラムフェスがあと3年早ければ、なんつって。

一大クソイベが終わったら休みの日に1日何の不安もなくダラダラゴロゴロしたい。それすら出来ない現状!今日だって休日出勤すべきかと職場の近くまで行ったものの「あ、無理だわ行きたくない」ってスーパー寄って帰ってきたもんね。はー甘酒うめー
出勤日に出勤するだけ偉いよ世の社会人マジ偉大すぎるよ、わいは自分のプライベートに土足で踏み込まれるのが死ぬほど嫌いなので仕事に休日侵食されるくらいなら転職活動したいです。いやしなくていいんだけど。休日出勤するなって言われる会社なんだけど。まあそうもいかないこともあるじゃない?現に3マン新宿行けない理由は自分の休日使って行けって言われた研修だよ殴るぞいや自由参加だけどそこに有給という選択肢を用意しないからわたしがグレるんだよ~

最後のライブが11月、時間があきすぎてもうライブ行きたいとさえ思えなくなってきた今日日皆様どうお過ごしでしょうか。わしは件のネックレスのコレクションが月毎に増えていきそうで戦々恐々としています。それでも月1ライブ行くより安く済むとか世の中ってほんと世知辛い。今日スーパー行ったらお金足りなくてカードで払う羽目になって世の中ってほんと便利だけど世知辛い。今世紀最大のラッキーがわたしに降り注ぎますように…3月からの職務変更に伴うわたしの腰の健康への不安が現実になりませんように…藤原竜也で画像検索してふほほかっこいいなあとか深夜にまりもっこり顔する喪女に明るい未来が待っていますように…南無







      

わたしはライブが好きだ








「最前列はいつも同じ景色」




あるある~~~!!!!

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