疾走

長文ポエマー地下室バンギャル

愚鈍の桜







意味はよく分かりませんがTHE・ヴィジュアル系って感じでとても素敵です
中身はいつものあれ

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此処から飛べ 怖くは無いさ








わたしにとっての好きの中の2種類

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♪:脈拍







精神的に参らないことだけが目標、暗い気持ちに支配されないことだけが目的だから、楽しいは二の次三の次、ただ「しんどくない」それだけが唯一絶対の仕事に求める条件(いや勿論給与とかその額面も不可欠だけども)。まあ何だろうな、言ってもやっぱしんどいし時々ほんとに気が滅入るんだけど、それで朝起きて死にたくなるほどではないしむしろそういう気持ちになる前に行動するという防御をしている(それが出来ている)。だけどふと考えるよね、7時に家を出て21時過ぎに家に着くこの生活の行く先。他に何があるかなあって。ライブも行けないし家に帰ったらご飯食べて寝るだけの生活。これ意味あんのかなって。楽しきゃまだいいのかも知れないけど別に楽しくもない仕事で1日の半分。睡眠時間を6時間と見積もってもあと6時間しか自由が効かなくて、それでどうすんの?って、そりゃー思わざるを得ないよね。フリーターのときはさあ、こんな楽してて良いのかなちゃんと仕事してますって言いたいなと思ってたけれどいざ「職に就いています」って言える状態になったところでじゃあそれ以外の部分のわたしに何があるのかってことが言えなくなってきてしまっている、それがすごく馬鹿馬鹿しく感じる。虚しいとか切ないとかじゃない。なーにしとんじゃろわたし、って呆けてしまう。こんなにもたくさんの時間を楽しくもないことに費やして。仕事に楽しさは全く求めていないから憤りみたいなものはないけどあー馬鹿馬鹿しいなーって口開けたくなるこの気持ち。それでも生活をしていかなくてはいけないから働くけれど、そこ自体に目標や目的が無い人間が働いたところで何が生まれるのか分からない。いや何も生まれませんよ。のんべんだらりと生きていきたいなあ。しんどいことを排除して精神的に楽して生きたい。それだけ。それだけだよ。精神的に楽をする。サボるとかじゃない。怠惰になるわけじゃない。ただもう二度と追い詰められたくないんだよ、身を捻り切られるような不安を感じたくない、だから頑張ろうとも思えない。頑張ろうという意欲の代償は疲労、決意の代償は自己嫌悪と恥。恥をかきたくないんだね。恥の多い人生だからもう。あー、結果に期待してないんだ。全然ポジティブに考えられてないんだ。視野縮こまってきてるし、視線は後ろ向き、口角は下向きだ。あー疲れた。あーモニョる。言いたいことがめちゃくちゃあるのは絶対お互い様な筈なのに、マスクの下で舌を出して終わり。言いたいことを言えばそれだけ反駁。違うじゃん、そういうことじゃないじゃん、を延々。水掛。もー無理だ。人を嫌うのはエネルギーが要るから極力やりたくないけどどっかにあー違うな、って合わないパズルがある。言霊を闇雲に信じているので積極的に言いたくもないけど、気に食わない。気に食わないんだよなあ。上から目線だなあとは思ってる。謙虚になる余裕もない、謙虚どころか見る余裕もない。五感死にかけながら動いてるんだから、謙虚なんて高次なこと出来ない。

いろんな気持ちを込めて、内向き外向きの愚痴フヘイフマンフアン、言えないことも言いたくないことも吐き捨てたいことも投げつけたいことも詳細を全部引くるめてわたしは「ライブに行きたい」って言うことがあるけど、まあそうやって変換出来る願望の明るい動詞を持ってることはきっとそこそこ恵まれているんだろう。26日当日券出してくれたら良いな、ただ行って楽しめるかは別だけど。別だけど、あの熱轟音呼吸空間暗転、地の底から天まで駆け上っていくような興奮と何にも換えがたい高揚感、それがあれば多分まだやれる、まだ頑張れる、と思えるかも知れない。そこにしか頼るところがない。生身の人間を信用出来ないわたしは。死にたいと口に出せなくなったのはいつからだったっけ。何とか呼吸をし続けるためだけに半径10cmのありとあらゆることに手を伸ばす。その中にはもう死という選択肢は無いのだ。ただその10cmを飛び越えた先には常にある。いざとなれば終われば良いと。それはもう本能に近いようなものなんだろう。
こういうくだらないことを書き連ねて時間を浪費する夜にさえ我ながら呆けてしまう。もうちょっとましなこと書けねーのかよ。面白いものが見たい。心揺さぶるようなものが見たい。わたしもそこへ、その場所へ行きたい、と思えるもの。だから過去にすがりつくんだ。帰れたらいいのにな、何よりも好きなものを好きだと言えていた頃に。今のわたしを見たらあの頃のわたしはきっと哀れむだろう。哀れむだろう、笑いもせずに。馬鹿馬鹿しいなあ、浅い意識で生きていくこと。無くなっても困らないものがずっとそこにあること。いつの間にか何もかもが終わっていくこと。意義の無さそうな人生。半径10cmの信号さえ不要な世界。







        

眉間の皮がむけます






漠然と悲しい気持ち

口を開けば愚痴で他人と距離が開いた気がするし気力不足で行けた筈のライブも行けないし洒落にならないミスはするし2日後には特大クソイベ(仕事)が待ってる
は~~~~~

良かったことは迷惑をかけたので謝罪謝罪謝罪…と絶望的な気持ちで出勤した日に上司にチョコレートをもらったこと。そう!そういう良いことが起こってほしい!予想外なこと!めっちゃ嬉しかった!
テストの成績が良かったからおめでとうということでもろたんだけどまじあの、良い成績取ってご褒美貰うというか祝ってもらうのってほんと新鮮すぎました…大して出来る方でもなかったけど親が教員なせいで勉強してたら点数取れて当たり前だよね(してなかったら取れるわけないよね)っていう認識だったので良い成績取って誉められたり祝われたりが新鮮で新鮮でもう…すげー頑張って良い点数取ったときに親に「当然でしょ」って言われたの未だに根に持ってるからな!!だからわいは頑張るのやめたんや!!(天晴れ責任転嫁)
今美味しく頂いております。高いチョコレートに合う舌ベロをしてないのだけど美味いやつめっちゃ美味い。上司ありがとう正直シャ●チョさんからもろたもんより嬉しいチョコレートぺろぺろ

ライブは支払いに行く気力すらわかずにチケット予約してたにも関わらず流れました。うける~~
なんかもうほんとにバンギャル上がるかも知れないなと最近思う。上がりたいとか一度も思ったことないし末永くライブ行きたいと思ってたけど全然行けねえ。仕事に何もかも奪われ過ぎやろ
ところで3マンめっちゃテンション上がらない?メンツ想像ついて悲しくなるけどめっちゃテンション上がらない?HEREと四星球めっちゃ見たいんだけどあのタイトルにそれ期待するのは愚かすぎるよね?
気力気力何をするにも気力が足りない。休みの日気付いたら15時まで寝たり起きたりしてそこからちょっと起きて夜いつも通り寝る。そんなんでライブ行けますか!せめて近場に来て!行けるときに近場に来てお願い
傘と雨も初回Bと通常買ったけどゾンビ地獄ディスコ切なかった。笑っちゃうくらい好みじゃないwwwwいやいいんだ、好みじゃないなあという感想のために1300円払ってる。そこに後悔など無いぞ。ハッピーライフ(最早アルファベットすら使えない)のアコースティックハイパー良かったしな!
はーでも傘と雨の歌詞もまた切ない違う意味で。音も声もMERRYは最高で満足できるけどやっぱ歌詞だけは桜井青じゃないと…桜井青御大じゃないと…cali≠gariについて喋れることはもうほとんど底をついたけれど桜井青に関しては本当に「やべー好きすげー好き神ってる」くらいのことしか言ってこんかったからまだ喋り扶持があるぞ。喋れんけど。今も神ってるくらいしか言えんと思うけど。最近やっと聴きたいと思って聴けるようになってきたんだけどやっぱり桜井青ってすごい。尊すぎるあの言語感覚
3マンcali≠gari来たらわたしまた喚くんだろうな~~~~想像だにうっざ~~ってなるな~~~!なるべく黙りますよ。まあ既に新宿は行けないの確定してるしね。ああラムフェスがあと3年早ければ、なんつって。

一大クソイベが終わったら休みの日に1日何の不安もなくダラダラゴロゴロしたい。それすら出来ない現状!今日だって休日出勤すべきかと職場の近くまで行ったものの「あ、無理だわ行きたくない」ってスーパー寄って帰ってきたもんね。はー甘酒うめー
出勤日に出勤するだけ偉いよ世の社会人マジ偉大すぎるよ、わいは自分のプライベートに土足で踏み込まれるのが死ぬほど嫌いなので仕事に休日侵食されるくらいなら転職活動したいです。いやしなくていいんだけど。休日出勤するなって言われる会社なんだけど。まあそうもいかないこともあるじゃない?現に3マン新宿行けない理由は自分の休日使って行けって言われた研修だよ殴るぞいや自由参加だけどそこに有給という選択肢を用意しないからわたしがグレるんだよ~

最後のライブが11月、時間があきすぎてもうライブ行きたいとさえ思えなくなってきた今日日皆様どうお過ごしでしょうか。わしは件のネックレスのコレクションが月毎に増えていきそうで戦々恐々としています。それでも月1ライブ行くより安く済むとか世の中ってほんと世知辛い。今日スーパー行ったらお金足りなくてカードで払う羽目になって世の中ってほんと便利だけど世知辛い。今世紀最大のラッキーがわたしに降り注ぎますように…3月からの職務変更に伴うわたしの腰の健康への不安が現実になりませんように…藤原竜也で画像検索してふほほかっこいいなあとか深夜にまりもっこり顔する喪女に明るい未来が待っていますように…南無







      

わたしはライブが好きだ








「最前列はいつも同じ景色」




あるある~~~!!!!

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親愛なる






SEX-ANDROIDがまさか無期限活動休止だとは

わたしがアルバムを集める数少ないバンドのひとつだったのに。ツイッターで検索すると「ずっとあるものだと思っていた」という文言がそこかしこに並んでいて未だに活動休止を信じられない(というかなんかなんとなく信じていない)し、事務所との契約終了ってところが妙に気になって仕方がない。
歳を取るということは、並走していたはずのものがいつの間にか脱落していくことなのだと思う。
脱落という言葉は不適切かもしれないけれどそれ以外に上手く言い当てられる言葉を探し当てることが出来ないな、今は。
今日ぼんやりと眺めていたテレビで黒柳徹子さんが「いい恋をすればそれで一生涯やっていける」というニュアンスのことを仰っていてすごく共感した。わたしにとってはそれは生身の人間ではなかったけれど、多分あれだけでこの人生の恋という面は上々の出来だったと思う。
そういう気持ちを抱かせるようなバンドだったはずだ、セクアンも。ヴィジュアルロックが好きと言いながら深く潜っていけるようなバンドは多くはなくて、もう打ち止めなんだろうなと思っていた頃に聴いた「嫌ってよ、モナムール」の衝撃。ああここまでドストライクな曲を作るバンドがまだまだあったんだなあと嬉しさと一緒に自分の浅さを恥じるような気持ちになった。懐かしい、そして常だったもの。
まだ半年ある間にたくさんの人がセクアンの曲に触れますように。聴け。そして惜しめ。全力で惜しめ。たくさん良い曲がある。もっと早く聴いていれば良かったと惜しんで、復活を願いながら活動休止を見届けて、そしていつかまた帰ってきたいとバンド側が思ってくれたそのときに、待っている人間がたくさんたくさん増えればいい。

良いバンドが少しずつ少しずつ消えていく。歩みを止めてしまう。楽しいことと明るいことと易しいことだけを歌う音楽なんて要らない。もっと怨んでほしい。後ろを向いて閉じ籠って自らを傷つけて、そうしてやっと灯るほんの少しの灯りだけを信じた音楽が、またひとつふっと消えて暗くなる。思えば好きなバンドが活動を休止することに直面するのはこれが初めてだ。信じられない信じていない気持ちの方が大きいので、悲しいとはまだ思えないけれど。




今日の1曲はSEX-ANDROIDで「バースデー」。

好みの曲とか思い入れのある曲は他にもたくさんあるけれど、どうしてかこの曲がずっと誰かに残ってほしい。






      

♪:首吊りロンド






こんばんは久しぶりです書きたいことはたくさんあるけどスマホ+寒さで書く気が減り続けていてかなしい。
仕事は常にしんどいけど毎月の研修が全て終わってテストも何とか100点取り続けて金券的なものをもろて将来への基盤というか第一歩目の評価の確保とまだ消えきらない浅ましい名誉欲とをギリギリ達成して一息ついている今MERRYのNOnsenSe MARkeTファイナル見てるんだけどやっぱライブ行きたさがすごい~~~
出世欲はあんま無いんですけど名誉欲はあるんだよね…南無…ほらやっぱり実績の伴わないプライドが捨てきれなくて…癇癪持ちだし…仕事しんどいしんどい言ってるのも不幸自慢の一種なんでしょうね。いやほんとにしんどいけど!!でもちゃんと話もしてないような(※というか話をする機会が著しく少ない)実態の分かんない同期と比べてるなんてそれこそ不幸自慢に他ならないからね。自分だけがこんなに大変なんですアピールだからね。きついわ!視野を広く視線をフラットに、そこだけが自分の居場所だと思わないこと。長く続けていくためには適当にやるのが一番だし、追い詰められるのは(自分で自分を追い詰めるのは)大学時代でお腹いっぱいなのでいかに自分を楽にするかに重点を置いて手段を手段として果たしていく所存です。
で、ぼくは本当にライブに行きたいんだよ。
あ~~~ライブ~~~ライブに行きたいんだ~~~~~
何度も言ってて申し訳無いけどほんと去年の末からあんまりにもあんまりなことが多過ぎて!確かにちょこちょこ友達に会ったり買い物したりしてなんとか凌いでたんだけど、なんつーかやっぱりライブ行きたい。友達と遊ぶのは楽しいけど、そこには興奮といえるほどのものはさすがになくて、わたしが味わいたい厭なことを全部吹き飛ばすような興奮は今のところライブにしかないんや…
22日の池袋のインストも日程的には行けたんだけど体調を整えるのを優先してしまったからな…
11月からもう2ヶ月ライブ行ってないからもうライブなら誰のでもいいです状態なんだけどやっぱりMERRY行きたいよな~~~上司休みくれ~~~!!!!これしか言ってねえ~~!もう早くネロ見たいネロ、ところでお正月にネロが挨拶がてらアップしてたインスタの画像ハイパー格好良くなかった?あまりの好みさに気付いたらロック画面でした!!たまにじっくり見てじっくり「…かっこい…」って心をホカホカさせています!!格好良い!!恋!!!好み分かりやすい!!!
うーんほんとに仕事しんどいとライブ行きたいしか言うことないよお。でも無事研修終わって良かった良かった。
というわけで寝ます。毎日食事だけが楽しみになっている。





      

名前がつかないだけ







お久しぶりです、と毎回書くことになりそうな今年…いい加減ネット繋げたいけど困りもしないんだよなあ…

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コンデンスミルクスプーン1杯








雨宮まみさんのエッセイを読んでいた。いつぞやツイッターで著しい作り笑顔をする大学の同期が雨宮まみさんの連載を紹介していて、読んでうっかり涙ぐんでから密かに好きだった書き手さんである。
書くことは好きなくせに読むことはあまりしないので、読んで震えるような文章に出会ったことは少なく、良いなと思える書き手に出会うこともあまりない。唯一鳥肌が立った文章が安部公房の『空飛ぶ男』で、数少ない好きな言葉を書く人が他ならぬ桜井青であり、そして雨宮まみさんだった。それでも量を読んでいるわけではない。好きなものを繰り返し繰り返し読む。

2016年は大変な年だった。就職も異動も家出も人から好きだと言われたのも出来れば行きたくなかった場所も全部激動だった。
1年のはじまりの元日の今日、雨宮まみさんの文章を読みながらぼんやりと考える。

未だに身に着けてはいないけれど、去年、京都でANNA SUIのバタフライのネックレスを買った。価格としてはあまり高くない15000円くらいのもの。まず15000円が高くないと言えるようになったことがもう大きな変化だ。ANNA SUIが特別好きだというわけでもないけれど、高校時代に初めてネットでバタフライのネックレスを見たときから憧れていたものだった。色を選べば可憐で妖艶にも爽やかで凛とした姿にもなる。ただただかわいい。
基本的に人と対面しながらものを買うのが得意ではないので通販ばかりなんだけど、通販ではもう取り扱いがなかったのでしょうがないかと思っていたそれが京都の伊勢丹にあって、どうしようどうしようと口に出しながらも心は買おうと決めていた。パーカーにスニーカーの女が伊勢丹でものを買うのはどうなんだろう、と場に合わせることがとても苦手なわたしはいたたまれなくなりながらもANNA SUIの店舗にいるに相応しい容貌の店員さんにこれ下さいと言った。結構な勇気を必要とした。
場にそぐわないわたしがわたしにそぐわないものを買うのはとても気まずかったけれど、どうにかこうにか買ったそれをずっと財布に入れている。

出来れば着けて違和感のない人間になりたい。女にはなりたくないけれど。女になりたくないしなれないと思うからずっとファッションが苦手だ。マニキュアもつけまつげもハイヒールも持っていないのだ。それを、女にならないままで身に着けられるようになれたらどんなに良いだろう。
欲しいと思ったものを持っていても違和感のない人間になりたいなと、エッセイを読んでいて思う。




今年の目標は好きな人をつくることです。
激動ではなく、穏やかで温かな素晴らしい1年になりますように。


昨年はありがとうございました。今年もよろしくお願いします。また毎年恒例振り返りバトンやります。
ちなみに10月から12月があまりにも精神的にいろいろありすぎてライブに行きながらももう17年はバンギャル上がるかも知れないなと思っていたのですが、ディルとピエロはついにデルピエロになるしcali≠gariの会報でなんかすごいこと言ってるし(圧倒的マジ勘弁感)喜び勇んで沼を作りやがるので、引き続きATMとしての務めを果たすことになるのだろうかと遠くを見つめています。
仕事納めは2016年12月31日20時半、仕事初めは2017年1月2日10時です。年明け初南無三。ではまた。







       









死にたいも生きたいもどちらも願望で言うなれば未来の言葉で、その時点の先が広がっているという仮定のもとに吐ける言葉なんだろうと読み返して考えていた。だから、思うとすれば、「あのとき生きていてよかった」と「あのとき死ねばよかった」だけなんだろうと思っていた。


結局見れなかったけど。きっともう見ないだろう。開くこともしないだろう。泣きたくて泣けないときだけは写真集を開くかもしれない。見なくてはならないという気持ちで見始めて挫折したから、多分もう、何年も何年も経って本当の意味で忘れた頃にああそういえばと手に取って、やっと思い出して泣けるくらい、それくらいの時を経て見れたら良いなと思う。未来の話は嫌いだが、来ない可能性の方が高いであろう未来の話は少しだけ出来る。


何度となく呪って、何度となく愛して、忘れる忘れない、もういいやっぱりまだ、をずっと繰り返してきた。狭い範囲の少ない語彙で自分の感情をやりくるめるには思いつくままに吐いては捨てる、それが精一杯だった。だけど本当のところ、何一つ言葉になんてなれないことは最初から分かっていたことなんだよ。ただそれでも言いたかったんだ。好きもありがとうもふざけるなも許さないも全部全部どうしようもなく本音だった。ずっと好きだったし、ずっと好きでいたかった。それを不可能にしたのは自分なのか相手なのかは知らないままでいい。あやふやにしておきたい。


cali≠gariが、昔追いかけていた人や今も追いかける人たちをも敵に回したとしても猶言いたい、cali≠gariというのは第7期だけがわたしが言うところのcali≠gariだ。そのcali≠gariが、わたしの人生の一部分を作ってきたのは間違いなく事実で、自分の知らない感情や景色をたくさん教えてくれた。雁字絡めな心も手持ち無沙汰な身体もどちらをもいろいろなところに連れていってくれた。雨が降り続けている白い箱の中から手を引いてくれたように思う。本当に、本当に大好きだったんだよ。思い出せなくても。遠い遠い距離と時間のその先で泣いている自分をただずっと見ていてくれたのは他ならぬcali≠gariだった。


怒りも、悲しみも、楽しさも、嬉しさも、果ては恨みも憎しみも、苦しさも、この上ない幸せも、全てをごちゃ混ぜにしたどうしようもない切なさも、全部cali≠gariを好きになって知ったことだった。好きになって良かったよ。cali≠gariに出会わなかったら今のわたしにはなっていなかった。それもまた間違えることのない事実だ。cali≠gariに出会わなかったら、もっとずっと生き苦しかったと思うんだ。随分と楽になった。だから結局のところ、救われてしまっているんだ。



あれだけが夢だった。


あれこそが恋だった。



どんなに探しても考えても辿り着く最後はありがとうだけなんだ。多分これからも何度となく呪って愛してを繰り返しながら忘れていくだろう。もういいとやっぱりまだを言い続けてやりくるめていく。それでいい。
永遠に言えないことは、永遠に言わないままにしておくよ。




一生に一度の恋だった。


何よりも、誰よりも、好きだった。









         

夢のさき







私生活が荒波
でもここはバンギャルとしてのわたしの掃き溜め

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砲弾







何を書いても自分の言葉になることに安心するときもあるし、自分の言葉にしかならないことに絶望するときもある。今はどちらかといえば後者で、ああまた来たなと思っている。誰かの言葉になりたくて他人の書いた文章を読み続けている。今月は、というか先月から、突き詰めれば今年はおおよそ著しい変化の年であった。就職も異動も大きなことだと思うし、cali≠gariを諦めてMERRYを見ていることもそうだし、彼氏というポジションの人間をつくるかつくらないかを決めたことも多分大きい。ネットで知り合った方と会うのも初めてのことだった。そして最も強い、考えるだけで涙が出てくることが起こってしまった。話すべきか、話さないべきか、誰かに言うべきか言うまいべきか、答えは肚では決まっていてもそれでも揺れる。一人で抱え込める自信が無いからだ。考えれば考えるほど全てが辛くて、だけど楽しいこともたくさんあった。今年は浮き沈みが激しい。通り一辺倒な言葉だけどただ、しんどい。ちょっと耐えられそうにない。最後さえなければ自分一人でなんとかしようとした。サボりすぎた勉強も本当は放棄してしまいたくて今寝ながらこれを書いている。机の上に紙を広げたまま。ああ、失敗したらがっかりされるんだろうな。やりたくない。第7期終了のDVDはまだ来ない。ライブの予定は年内無い。仕事はただ毎日終わるのを待っている。友達に何が言えるだろう。好きになってくれた相手を少しずつ恨み始め離れさせたくなってきている。気温が低い。夜が苦しい。時間の経過が恐ろしい。だけど、わたしが誰かに何かを話して、わあわあと喚いて泣いてみたところで、それは醜くて見るに耐えないことだ。この人なら受け止めてくれるだろうと思えるような人間がいない。いや、本当はちゃんと聞いてくれる人がいることは分かっているのだ。みんな優しい。きっと聞いてくれるだろう。だけど、そういう人にこそ、わたしの魘されるような熱を背負わせるわけにはいかないのだ。前で泣くわけにはいかない。戸惑う顔はさせたくない。してくれるかも分からないけれど。時が過ぎるのを平気になるのを座り込んで静かに待つしか今わたしに出来ることは無い。