疾走

長文ポエマー地下室バンギャル

チック・タックが好きすぎて





火曜って聞いてたけど今日届いたぞー!明らかに郵便受けに入りきらないサイズなのに無理矢理突っ込んであって「むりすんなよ…」って思ったけどニッポンの郵便宅配事業には感謝してもしきれないぞー!

あとこれもまた深夜に書いてますぞー!




今日のブログを書くにあたって個人的に振り返っておきたいというか断っておきたいこと。
わたしは以前ツイッターで「トゥナイトゥナイ ヤヤヤ」に対して

人の曲に対する思い入れほんと心の中で手を握って頷きながら(わかる)ってなるし、変な言い方だけど「うんうん、あの曲はあなたの曲だよね…!」ってなるからやっぱりわたしの中ではトゥナイは○○さんの曲

ってポストをしたことがあります。
まあさながらその人のイメージソングみたいなもので、個別の専用着信音を選ぶときの心理みたいなもんです。大体は相手の好きな曲や思い入れのある曲を選ぶし、でもたまに勝手に「この人はこの曲のイメージ」って決めることもあります。遊びの一環です。で、わりとそれが複数人に被らないようにしている。独占で。

っていう選定の感覚がわたしの中にあるんですけどこれ人の中にもあるのかなーって思いまして。
いや何が言いたいかって言うとわたし今日ある1曲についてめためた喋り倒すつもりでいるんだけど、それが誰かの大事な曲だったりイメージソングだったとき、わたしがその曲について喋ることで妙なイメージがついてしまうってなると良くないかなって…
わたしの場合例えば朽木の塔には「友達が受験勉強のとき死ぬほどリピートしてた」ってイメージがついてます。別にそれがわたしにとってマイナスに働くことは全然無いけど、マイナスに働いてしまったら申し訳無いなと思いまして、まず断ろうと思った次第です。
つまり曲に変なイメージを植え付けかねないけど、テキトーに読み流してくれると嬉しい。ということです。
※実際の曲とは一切関係ありません みたいな感じでお願いしたいと思います。



3枚届いてそれぞれ一回ししたんですけどなんかCDの感想とかよりもやっぱりチック・タック最高すぎ問題たるや由々し。CDの感想も書きたいけど先にこれについて書かないと爆ぜそう。

今のところやっぱりメリーの曲の中で一番好きなんですけど、ド新規故に初めてこの曲を聴いたのは去年の11月の名古屋クアトロでした。何の前知識も無いときにライブで聴いて印象に残る曲ってそんなに多くはないんですけど(事実今日届いたアルバムの中でライブで聴いた筈なのに「あっこんな曲だったっけ…?」ってなったのがあった)、これは生で聴いているときから「この曲後でチェックしよう、覚えておこう」って思いました。まさか結構有名どころな曲とは知らなくてですね…ていうかどんだけ予習せずにライブ行ってるんだよって感じだ。ベストくらい聴いておこう。
「初対面が生」の曲ってものすごく好みだと印象にめちゃくちゃ残るけど覚えられない曲は覚えられないので諸刃の剣ですね。新しい曲として紹介されているとまた違うんでしょうけど。なんというか「音楽だけが繰り返し触れた方が楽しめる芸術」みたいな言を見たことがあるんですけどそうだよなあって思います。勿論初対面は初対面で楽しいけど。「音楽は聴いてるだけで思い出がそこに蓄積されてく」とかね。出典が提示できないですけど。
そこからMERRYのベストを買って去年の冬から今年春が来るまではずっとチック・タックを聴いてたように思います。あとジャパモダバイハレハライソイエローガールあたり?


初めて音源を聴いたとき、ガラの歌い方に驚きました。「和田アキ子とか…なんかあのへんの昭和の歌謡曲の歌い方だなあ」って思った記憶があります。今でもCD聴いてていろんな歌い方出来るんだなあって再発見してます。今まで聴いていたバンドやアーティストはわりと一本調子というか、あまり手数の多い感じの人たちではなかったので新鮮。
だから何で07年にベストが出てなかったんだよ

わたしはどんなに曲が良くても歌詞がそうでもないと自分のランク付けの中で首位を取らせる(という遊びです)のが難しくなってくるんだけど、幸運なことにチック・タックは歌詞でも良いなあと思うところがありました。以前使っていたエムブロでも

遠くの山に願う、「逢いたいです、今すぐ…」
というフレーズの、遠くの山に願う、というのが、どうにもならない叶わなさを端的に表してて好きだ
その後に今すぐ、という焦燥の言葉を持ってくるのも、距離や時間の隔たりが強調されて、叶わなさがより引き立って良い

という評モドキを書きました。自分では歌詞解釈とか言葉を砕いたりとかはしないほうだと思っているししたところで納得のいく砕き方が出来たことはあんまりないんですが、これは我ながら出来の良い評だったなって今でも思っています。


今回届いたCDの個性派ブレンドクラシックの1曲目がチック・タックでした。失礼ながら全くインタビューに触れていないので御本人の意向ですとか或いはファンの方の間の常識みたいなものは全く鑑みてないのですが1曲目ってことはそれなりの立ち位置にある曲なんでしょうか。
調べたところはいからさんが通るの再録?のようですが、ベストに入っているのともバージョンが違うので、ベストのはまた更に再録したってことなんでしょうかね…過去雑誌を引っ張り出したら関連記事が掲載されているだろうか…
しかしはいからさんが通るって一番最初のCD?いっちばん最初?そんな曲だったの?今いろいろ検索してびっくりしてるよ。あとレビューサイトで「地味だが味わいがある」って評されててそれにもびっくりしたよ。地味?ポルノ好きですって言ったら「渋いね!」って言われたときくらいびっくりした。

ベストに入っている方に耳が慣れていたので、音源で映像なしで初めて聴いたときの感想としては「ちょっと泥くささがあるな」でした。ボーカルが手数が少ない分より感情的かなあって。子供っぽいって言ってもいいのかもしんない。ああ、手数というよりは力の抜き方というか入り方というか…あと楽器隊もちょっと音荒く聞こえるけど録音環境の差だろうか。


でもね、なんかちょっと泣けた。ベスト版ではウッ…ってなりつつも結局涙は出て来なかったけど、何でかこっちでちょっとだけ泣いた。
その泥くささがスイッチになったのかもしれない。


わたしは大学時代を長野県は松本という四方を山に囲まれたところで過ごし、そして不本意ながら海の近い地元に帰ってきたのだけど、前述の「遠くの山」というのがまるで大学時代を過ごしたあの松本を囲む山のこと指しているような気になった。それは突き詰めれば松本そのものを指す言葉になった。
わたしには逢いたい人はいないけれど、逢いたい過去があったので、まるで戻りたいけど戻れない自分のことを歌われているような…そういう自分を前述の歌詞に重ねたのかもしれない。
この曲は字面を追う限りでは完全にラブソングとか別れ歌の類なので自分の感傷を負わせることに批判も出るかもなとは思うのだけど、言葉は容れ物、何を注ぐかは自由だと思っているのでやっぱりここにそんな自分を重ねたいのです。まあ出来たら逢いたい人がいるならその人を重ねたいとは思う。でも重ねた時点で別れてるな。それはだめだな。

ふと、聴きながらあの日の17時を迎える瞬間を思い出した。今まで思い出したことなんてなかったのに。
あの年の正月はほとんど記憶が無い。実家に帰ったかどうかさえ記憶が無い。何を食べて何を考えていたのかもほとんど薄れていて、多分それはまぎれもなく忘れたいからで、
後々になって死ぬほど泣いたこととか、自分が嫌で嫌で仕方なくて何もかも手放したかったこととか、大丈夫かって話題にされることさえ苦しかったこととか、その当時はもういっそ開き直って笑う以外に自分を保つ方法が分からなかったこととかは今でもはっきりと覚えているけれど、「その日」のことを思い出したのは本当に久しぶりだったように思う。
大学生活の幕引きは本当に酷いものだった。だけどそれでも、大学時代は自分の人生にとっては一番重要な時期だった。どうしようもない馬鹿でほんとにクズとしか言いようがない人間だったし今でも成長なんてしていないけど、それが自分だと知ったことでなんとか折り合いの付け方も知った。やってはいけないこともしてから初めて分かった。本当はそれじゃ駄目だ。でも何も知らないままでもっと後になってやらかすより良かったと思っている。
そして、そういう馬鹿だった自分を、今は少し許せて、愛せている。自己愛とか自己防御といわれればそれまでだが、それでも、だ。
恥じる気持ちはあるがやり直したいとは思っていない。


地元に帰って来て、自分がやったことやらなかったことの清算をある程度まで済ませてからわたしはこの曲に出逢ったわけだけど、このタイミングで出逢って良かったんだろうなと思っている。松本にいた頃のあの厳しく冷たい冬に聴きたかったなあとも思ったけれど、「遠くの山」にあたるものがない当時に聴いてもここまで響かなかったような気がする。
勿論歌詞だけではなく、自分が聴いていた時期や場所などの背景も含めての、哀愁のあるメロディーや音や声の「冬っぽさ」もとても巧みだし好きだ。冒頭の風の音とか、口笛のような音とか、泣いているような声もコーラスの重ね方も全部見事だと思う。

今でもあの静かな、だけど厳しいほどに冷たい冬を思い出すと懐かしい気持ちになるよ。そして帰りたいと思う。帰る場所なんてもう無いのだけれど。もう一度戻りたい。きっと出来ないから言えることでもある。

そういう気持ちをこの曲を聴いていると思い出す。



と、いう、チック・タックへの個人的な思い入れでした。すみません。
良い曲やね…
次生で聴けるのはいつかな…

しかし我ながら不思議なのはこれだけグッとくる歌詞を書いたガラスァンに対する気持ちが未だにフラフラしてることだよねww
ムックも相当好きだったんですけど、実はムックで歌詞に対して「うわー良いなあこれ」って思ったことはほとんど無いです。かろうじて流星くらいだろうか…我ながら不思議。まあムックは曲を聴くもんだと思ってたからかもしれない。だから多分今とんでもないことになっていても全然聴けるんだとは思う。
思い返せば晴一も青さんも歌詞きっかけで好きになって、それこそインタビューだって隅々まで読んだのに。まあ晴一よりは昭仁に傾倒したけど、昭仁のインタビューなんてほとんど記憶に残っていない。熱中していた頃に目についたのはやっぱり晴一の歌詞が多かったんだろうな。書く人が好きだった。
あとはリアルタイムで追っているかどうかってのも多分関係しているんだろう。いや青さんは後追いだな…まあ途中から追いついたから良いのかな。

やっぱりまだMERRYは「他人のもの」なのかもしれない。「自分のもの」と思えていないのかもしれない。
でもこの曲はもうわたしのものだ。そう思える曲が増えていったらいい。


ちなみにcali≠gariの曲でもこういうの書きたいなって思ったりするんだけど激ムズすぎわろた…
それに多分需要無いよねわたしの青さんへの気持ち悪くて暑苦しいラブレターとかね…☆彡 遺書になるわ☆彡