疾走

長文ポエマー密室バンギャル

執着心がアイデンティティなんて馬鹿みたいだよね






ひとりごとです。



ROCK AND READを買いました。全部立ち読みしてから決めようと思って(結局買ったので許して)、まあ買った。
今までは掲載誌であれば無条件に買ってたけど、まあ他のバンドも特に興味が無かったので軽く悩みました。ライターさんについては危惧していたようなことがなかったので良かった。ちょっと「ああん?!」ってなったところもなくはないけど、多分ライターさん悪くない。こっちの問題。
既に別のメンバーの単独インタビューはいくつか抜けているけれど、この人だけはまあ、とそこまで思って、この感情が本当にどうしようもないものだと自覚する。

自分でもこれは執着だと思う。いかに根っこにあるのが純粋な好きでしかなかったとしても、もて余す限り執着だ。
自認もあるし、友人からも執着心が強いと言われた。挙げ句の果てにはそこらへんの星座占いにさえそういう性格だなんて無責任に言われる。
ただひとつ救いなのは依存ではないことだ。依存は出来ないと思う。もししていたらそれこそ8月だって行ったし11月だろうが1月だろうがもやもやしながらもどうにかしてチケットを取って、何かを無駄にしそうだと思いながらも東京に向かっただろう。そうじゃないことだけが救い。…たぶん。

好きだったからこそ執着なんか起こしたくなかった。

だけど哀しいことに執着なんてものでさえしたくたってやすやすと出来るものじゃないのだ。それがどんなに自分の中で腑に落とせないものであっても、もて余す以上自由にはならない。こんなものでさえもしかしたら誰かは欲しがるのかも知れない。
誰かの手に入らないものだから大事にするなんて考え方はクソだと思うのだけれど、これさえもわたしだと思うより他ない。これだけが冷たい光。


あの頃が良かったと思うのは仕方がないことなのか、わたしには分からない。
頑なに思い出を美化しているだけなのかも知れない。
今まで見えなかったことが見えてきたと思っていたけど、本当はずっと見てきたのに見なかったふりをしていただけなのかな。
なんというか、「あの頃が良かった」と思うことが「しかたない」ことだとはなんとなく思えないのだ。
鶯谷のとき、わたしは何もかもを呪った。ただ呪ったんだ。

結局、戦えば戦うほど、わたしは受け入れられないと思う。

無視してほしい。戦わなくて良い。向き合わなくて良い。置いていってほしいんだよ。どうしようもないほど遠くに行ってしまってほしい。もう振り返るのはやめてくれ。思い出させないでくれ。何も言わないで。それこそ僕の心のやらかい場所だよ。触んないでほしい。そっとしておいてほしい。癒えてないんだよまだ。きっと秋の風を感じる度に同じ場所に傷が出来る。その傷をいちいち引っ掻いて、泣きたくなって、自分を責めだすの、もう馬鹿みたいじゃん。



1107が近くなるにつれて、行くのやめてしまおうかなという思いが強くなる。単純に金髪のヅラを被るのが死ぬほど厭なのもあるんだけれど(それは宗教上の理由で…と言ってしまいたいくらいもう生理的に厭なのである)、なにせ行って自分がどんな気持ちになるかが怖かった。
わたしは間違いなく、心底どうでもよくなるのが怖い。好きが消えてしまったらと思うと怖い。執着が無くなるのが怖い、思い出が完全に完結してしまうのが怖い。二度と思い出せなくなりそうで、怖いんだ。
自分の名前の一部を失うような、アイデンティティを喪失する恐怖って多分こういう感じなんだろうと思う。
行かなければ先伸ばしにできるかも知れないよね。完結しなくて済むかも知れない。情けない本音だ。


「良い機会だと思うよ」と言われたことがあったし、わたしもずっとそう思ってた。今も思ってる。

でも無駄にした。

どんなに苛ついても、文句を言っても、泣きたくなるほど受け入れられなくても、愚かだと分かっていながら自責をしても、結局イヤホンから流れてくる音楽と漢字すら完璧に思い出せる何よりも好きな言葉以上に説得力を持つものなんて無いのだ。くやしくて、せつなくて、とても虚しいのに、優しいから、ムカつくんだよ。








ダメ男から離れられない女の子みたいでいたたまれません。以上RRの感想でした。感想じゃないな。感想じゃありません。全部全部ひとりごとです。