疾走

ポエマー長文地下室バンギャル

「12」と「あの人はもう来ない」





本来は「今だからこそ出来る!アルバム『12』の全曲感想!」的なものをやろうと思っていたのですが、書き途中で「やっぱり見せられるものには仕上がらなさそうですね!!」という結論が出たのでやめました。
なので書きたいことだけだらだら書いたらこうなった的な記事です。

徹頭徹尾好きかそうでないかで話をします。個人の感想です。

深夜テンションがブレンドされているのでなまあたたかく見てください。




「12」の桜井青に対する全体的な感想と、あとわたしが好きになった桜井青についてちょびっとと、わたしが如何にして「あの人はもう来ない」を…好き…好きというと憚るんですけど…まあなんだろ、この曲を特等席に置いているかということを書きます。この偏り具合見ろよ!
曲感想っていうか歌詞感想って感じです。

まじでお前何様だよって感じですので、ほんとダメな気がしたら読まないでくださいおこらないでください、いや読むのもおこるのも自由ですけど暴力的手段を行使するのは何卒…何卒…
でもすごい真面目に書いたんです…深夜に…




まず「あの人はもう来ない」の話をする前に、cali≠gariのアルバム「12」における桜井青曲に対する感想です。以下のようなことを全曲分書いていて、うーん我ながらクソだなうるせえなってなっちゃったんでお蔵入りにしたわけですけど、まあこれでも充分クソだなうるせえなって感じなのでマジでごめんほんとごめん


・1曲目「わるいやつら
「死ねばいいのに(ええ声)」という強烈な一言からアルバムの幕が上がる。cali≠gariというと「-187-」「37564。」の死ね&殺す曲というイメージを持つ方もいるのでステレオタイプと言えばそう。
1曲目のインパクトとしてはこれ以上無いですし、「-187-」「37564。」と、あと「クソバカゴミゲロ」の流れを踏襲する曲だと思っているけれど、これはあくまで1曲目としてのインパクトであって個別の曲としてのインパクトは他のものに劣る気がします。多分曲の…なんていうの、盛り上がりが比較的穏やかだからだと思います。歌詞というかボーカルの刻み方も平坦なのかな。他の曲だとわりとコーラスがアホみたいに派手ですが、これは特に目立つものはなし。というか他の曲がやりすぎなのかも知れない。笑
そして歌詞が若干半端というか、固めてない気はします。ストレートな怒りとして捉えるにはひねってあるし、裏側に何か仕込むには易しいかな…って印象。何様なんでしょうねわたし!!マジで!!全編こんな感じですからね!!ほんとここで「あ?潰すぞババア」って思ったら読むのやめてくださいね!!!!
だから何でしょうね、曲のどこか単調な雰囲気を鑑みても歌詞のゆるみを見てもボーカルとかコーラスの抑揚抑えめなところを見ても怒りというよりはむしろ呆れの成分の方が多そうですよね。倦怠的怒気。気怠い憤怒。言ってる人間の瞼が半分下りてそうな感じです。あと歌詞中に「……」と三点リーダが出るのもそれを助長してますよね。三点リーダ、珍しいんじゃないかなあ。あんまり見た記憶無い。
歌詞抽出とか頻出語ランクめっちゃやりたいんですけどまずソフトウェアが使いこなせない&歌詞サイトに歌詞が無いので現在断念しております。
最初の石井ソロから楽器隊が入るところはかなり「来るぞ…来るぞ…」感を演出しているように思うんですけど、それにしては「気持ち悪いんだよ」の後が盛り上がらない印象。どうでしょうね。


・10曲目「フィラメント」
分かりやすい。分かりやすく良い。好きな人いっぱいいそう。
例に漏れずわたしも好きです。yukarieさんのサックスもさることながらベースもギターもボーカルもそれぞれ破壊力凄まじく雰囲気はたっぷりで、cali≠gariが如何に音楽的というか…なんていうの、こう…玄人というか…狡猾っていうか…っていうことが伝わってくるし、力量が無いと出来ないんだろうなと思うし、ああやっぱウマいなー小憎いなーって思うんですけど、まあこれもわたしの好きになった以下略って感じではありました。好きですけどね。
歌詞もまー分かりやすい。
ねえ、普遍的ですよねえこれ。テーマがまず若干俗世寄りというかそもそも現実的な感じではあるんですが、これはなんとなく…青さんが周りを見て書いたことなんでしょうね。まあそう言ってますけどねインタビューで。でもインタビュー読んでなくてもこういう感想を持つと思います。言葉自体も比較的平易。辞書を引かないと分からない言葉は無い。見る限り暗喩もあるようには見えない。勿論何か隠してるのかも知れませんが、隠してることが分からなかったら無いのと一緒かなとも思います。
良いなって思った表現もなくはないですが、その部分さえ「そのままだな」という印象というか…なにか偉大さとか巧みさをもつ既存のものを取り込み分解し再構築して嘔吐したって種類のものではなさそうなんですよね。事象を飲み込んでそのまま出した、という印象です。

ていうか、「12」の桜井青の歌詞が大体全部そんな印象なんですよ。見たものをそのままというか、飲み込んだものをそのまま出しましたっていう…管1本、だからわたし無味無臭とか言ったんだと思います。多分わたしは青さんの、咀嚼し反芻しやっと嚥下し更に体内でこねくりまわしていびつに作り直し、逆流して口からゲロって出したようなものが好きだったんだと思います。複雑な回路を経て生まれたようなもの。
本人が「普通の歌詞を」って何度か仰ってましたけど、好きなようにやってくれとは思っていますけど、でもやっぱりわたしが愛した桜井青の作品は、「これぞ桜井青にしか書けないものだ」と思ったから愛したわけで、普通の歌詞だったら「あなた」じゃなくても良かったりするので非常に難しいところです。自分の中での折り合いの付け方がね。称賛ではない「こうなんだなあ」っていう感想は持てど、否定はしたくないという気持ちしかないです。それは未練ではなく単にやっぱ好きなんでしょうね。桜井青が。しょうがないんですよね。もう染みついちゃってるから。結果的に離れることはしょうがないけれど、桜井青だけは好きでいたいし、いまんとこまだ好きなんだよ。


・6曲目「ギムレットには早すぎる」、12曲目「さよならだけが人生さ」
どちらも明らかなモチーフがある曲。
ここまで明らかな曲って今まであんまり無かったんじゃないでしょうか。明らかというか、一般常識的というか、アングラサブカル系ではない王道のモチーフといいますか。まあこういう曲なので歌詞に関しては「そうですね!」としか言えないんですけど、これがやりたくて、と言われたらまあ…ね…………しょうがないっすよね。

ギムレットについて。
クロニック ダンスが恥ずかしくてこれが恥ずかしくないのはモチーフがはっきりしてるかしてないかの違いでしょうか。どっちもどっちだと思いますけど。セックスと嘘は歌詞がちょっと違いますが、月光ドライブ、クロニック ダンス、ミッドナイト!、からのギムレットという前時代風というか80年代オマージュっぽい曲の系譜だと捉えています。

さよならだけが人生さについて。
わたしの中では「グッド・バイ」と一緒のカテゴリです。多分発売前にタイトルを見て「青さんが『勧酒』を書くんかいなー!!」って死ぬほどワクワクした記憶があるんですけど、…うーん?wwwwwあくまでわたしの印象ですが、最初「井伏鱒二よりは寺山修司寄り…かなあ…?」と思って、多分それは相手の存在が描かれていないから…ってのもある…かな…?
わたしは「勧酒」を初めて読んだときにものすごいブロマンス的なものを受信したんですけど、寺山と青さん(並べるとなんかすごいな…)のには相手の存在が見えないので。相手の存在っていうか、何だ、宛てる相手が見えないというか。
うーん、井伏の「勧酒」のアンチテーゼ的に寺山「幸福が遠すぎたら」があるという解釈も存在すると思うんですが、青さんの「さよならだけが人生さ」は、井伏へのアンチテーゼとしての寺山に対するお答えって感じがしま…せんかね…なんていうか寺山挟まないと青さん出て来ないなみたいな…
いや、歌詞は比較的「勧酒」に則ってるんですけど…うーん待って、やっぱり井伏の方に寄ってるのかなあ…でも青さんのはすっごいひとりごとというか…いやでも潔い感じもするから「勧酒」なのかなあ……
だめだなんか言えば言うほどこんがらがってくるしあたま悪そうすぎてつらいwww
あとこんだけうだうだ言っといて何だけど多分間違いなくどっちも受けてのこれだよね。別にどちらかに寄る必要とか全然無いよね。ただわたしが井伏の「勧酒」のみを青さん風に書くとどうなるんだろうっていう期待を膨らめすぎただけの話でした。「幸福が遠すぎたら」のことを全く考えてなかった。ので、まあ、ぶっちゃけ拍子抜けしたところはあります。だからタイトルで期待を持ちすぎるのはやめろとあれほど…
つーかわたしが気になるバンドの寺山修司に影響受けた率が異常なんだけど誰か何とかしてくれ
さっぱりしてて嫌いではないのだけど、グッド・バイもそれほど引っかからないので同カテゴリのこれも似たような感じです。

おまけですが「さよならだけが人生さ」の歌詞ってわりと開かれているというかやわらかいなって思います。あと最後の三点リーダ、多分今までだったらダッシュだっただろうなあと思うとなんとなく切ないわ…


今回のアルバムの青さん曲は共通して句読点がなく、ですます調のいつもの私小説的な文体ではありません。ダッシュもなく、替わって三点リーダが使われておりスペースも多用されているので、ほんとに「歌詞らしい歌詞」「普通の歌詞」を書こうとしたんだなってことがありありと分かりますね。
更に「12」では一人称「僕」は1曲のみ、「君」に至っては0曲。ありません。「君」と「僕」の関係をベースにしたものが無いです。そもそも歌詞に人称が出てくる曲が少ない。
そして、言葉も比較的平易なものを用い且つ目立つ修辞も鳴りを潜めていることから、「見たものを書く」「明確なモチーフを書く」という印象で、やはり内省的・私小説的ではない感じのものばかりです。風景画っていうと近い印象になるかな。
「12」の桜井青の詞はそういうイメージです。


わたしは私小説的な歌詞を見て桜井青を好きになったので「12」の歌詞をあんまり面白いとは思わなかったし、「ここが好きだ!」という個所も今までに比べると激減しています。だから「桜井青」に対する幻想への崩れというかほつれみたいなものも感じたわけです。
それこそ「わたしの好きになった桜井青とちゃう…」っていう、なんかそんなんを思いました。

だけど、繰り返しになりますが、どんだけ「ちゃう…」って思っててもほんとに好き勝手やってほしいんですよ。ご自由にやってほしい。「こういうものが見たい」っていうのはあるし、御本人もそんなこと承知の上でしょうけれど、でも「こういうものが見たいんでしょ?」って提示されたものだけ見てるのって、かえってこちらを不幸にするような気がするので、本当に青さんには青さんが思う通りにやってほしいんです。
好きだから、作品に惚れ込むなんてこと今までなかったから、作品に妥協されたくないんです。受け手は受け手ですげー真剣に見てるから、真摯に作ってくれって思うし、(いろいろ言うとは思うけど、)「思うままに妥協しないで」作ってほしいってことだけは言っておきます。




で、なんだっけ、そうだ、結局あの人はもう来ないがこのアルバムの中にあるせいでやっぱり桜井青好きだなって思ってしまうという今までの長い前置き何だったの?っていうミもフタも無い話。

あーあこの曲が無かったらほんとすっぱり諦められてたかも知れないのになあ、結局やっぱり桜井青って良いなって思っちゃうんだよなあ。バンドは諦められても桜井青は諦めることが出来ない。罪。


・11曲目「あの人はもう来ない」
先に言っておきたいんだけど、これ石井歌詞間違ってレコーディングしてないですか?
「どこを探しても見つからない」っていう歌詞、どう聴いても「どこを隠しても見つからない」って言ってない?ちょっとおこなんですけどwwちゃんと確認してよおおwww

ご自身が経緯を語ってらっしゃいますけど、おばあさまがご逝去されたのを受けて自然とこうなった…ということでした。実はわたしも同時期、祖母が体調を崩していたのでなんかもうそりゃしょうがないよねって感じです。そりゃ嫌でも印象に残ります。やはり自分の境遇に近い歌詞や曲は共感するから残りやすいんでしょう。
若干プライベートなことにも関わってくるので詳細な記述は避けますが、この曲の歌詞がね、まーその祖母のことを思い出させるし、想像をさせる余白が大きいんです。

でもまあそれはともかくとしても、やっぱりこの曲が一番好きで、やっぱりcali≠gariっていうバンドは音で情景をつくるのがアホみたいに上手くて、歌詞を音に乗せるのがべらぼうに上手くて、そしてボーカルが異様に上手いんですよね。
イントロからしてもうやばい。この語彙の無さ。好きだと思うとほんと語彙減って困るんだけど、とにかくやばいの。
編曲がカリ≠ガリ名義になっているので石井なのか青さんなのか研次郎なのかは分からないけれど、本当にセンスなんだと思う。これはこの曲に限ったことではなくて、フィラメントなんかもそうですね。サックスっていう楽器自体はベタだけど、そこに合わせるギターのうねり方とか。
楽器については詳しくないからあんまり言ってこなかったけど、わたしは青さんの「ああ青さんだなあ」ってギターもすごく好きなんです。不協和音もそうだけど、言葉に出来ないところの音も。「何にもなかったこの部屋が~」のとこで鳴っているギター、ほんと喉を締める。
なんかもう青さんのギター聴くとちょっと安心するくらいになってたもん、去年とか。まあ今もそうっちゃそうだけども。

前述の通り歌詞は全曲わりと易しくて、解釈が必要になるほどのものはあんまり無いんじゃないかなあという印象なので歌詞の言葉選びとかに目を見張るものがあるわけではないのですが、
冒頭の

真っ白なシーツ
いつもと同じ寝顔
冷えきったベッド
ただ光に包まれてたね

と、末尾の

真っ青なシーツ
二人が選んだ海
陽に灼けたベッド
いつまでも泳いだね
ずっと…

という対比がもうこの曲の全てだと思います。頼むから音程変えたりするのはやめてくれとかつて願った部分。
これは歌詞自体ではなく(わたしは桜井青の歌詞の歌詞だけでひとつ成立するところも好きだったのでこういう言い方をすることになるのが若干悲しいのだけども)、多分曲と、音と、そして石井秀仁という稀有なボーカルが引っ張るところが相当大きいのですけど、とても清々とした部屋なんですよ、多分。明るくて、季節は春くらいで、あたたかくて、だけどそのベッドだけは温度の無い、そういう部屋。冒頭で人が亡くなっていて、静かな終わりを見せているのに、末尾で想い出を紡ぎ、手垢のついた表現ではあるけれどもその人が「心の中で生き続ける」という恒常。
やっぱりこの少ない文字にたった数行にひとりの人間の生きてきた半生とそして永遠をとじこめてしまう桜井青たるや…
ほんとどうしようもない。やっぱり天才なんだよ、トータル。


もういいや書くのめんどくさくなってきたから聴いて…

あの人はもう来ない

あの人はもう来ない

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何回も言っているけれど、もしもこの曲がなかったらわたしはきっと12でcali≠gariを完全に見限っていただろうし、今後のことを考えることも無かったと思います。それはあくまでも個人の好みの問題なので仕方が無いのです。
それに何より、歌詞カードを眺めて「コレジャナイ…」と思った桜井青の「普通の歌詞らしい歌詞」の中で、こういう曲がひとつでもあったことが一番嬉しい。
ひっかかる曲があって本当に良かったと思う。首の皮一枚繋がったというか、わたしが愛した桜井青は死んでいないんだなと思えた。まだ諦めなくてもいいと思えたこと、これが一番嬉しい。


だから、多分作品は見ていくんだろうなって思うんだよ。バンドを一番とは言えなくなってしまっても、桜井青の作品だけはどうしてもしょうがないんだよ。これはまだ、もう、自分でもやっぱりどうにも出来なくて、どうにもならないことが、さみしくて、幸せなんだ。


これは完璧余談だけど、青さんの何がすごいって御本人の才能もさることながら石井秀仁というボーカルと村井研次郎というベースをバンドに囲うという良縁っぷりがすごいしあたまおかしいし天はいくつ与えたら気が済むんだよ感ある。


以上です。
なんか結局要領を得ない話になってしまった。寝ます。おやすみなさい。朝起きて読み返すの怖いわ。