V.S.

ポエマー長文地下室バンギャル

♪:ガーベラ






昔はスニーカーを履くのが苦手だった
特にシンプルなコンバースのスニーカーとかが履けなかった
合わせ方が分からないのもそうだし、ボリュームがある靴やヒールがある靴じゃないと何も隠せない気がしてだめだった
今日、3ヶ月経たないうちに靴底が剥がれた仕事用の靴を新調するついでにコンバースのスニーカーを買った
何足目だろう、多分3足目くらいだと思うけど、確か1足目はグッズ販売のバイトをするために買ったのだけど、そうやって少しずつ平気になっていくものがある




いい加減「出来る子」じゃなくて「頑張ったんだね」って言われたいけど、言われたら言われたで否定するのが目に見えているんだなあ
それでもそう言われる度にプレッシャーのようにレッテルのようにお札のように、呪いのようにわたしは「真面目」で「落ち着いて」いて「出来る子」であり続けようとする
実がそんなんじゃなくてもだ
それを覚ることが出来たことこそが転機


最近改めて一度挫折しておいて良かったなって思う
規格外の人間にとても冷たい文化の中で、「当たり前」「当然~すべき」のレールから外れておいて良かったなと
挑戦して挫折したわけではなく冒険譚のように誇れるような道草でもない、逃げて逃げて落っこちただけの話なので本来良かっただなんて思ってはいけない種類のものなのだろうけど、なにもみたくないききたくない、こわい、こわいと逃げた先の行き止まりで掴んだものはわたしをとても楽にしてくれたし、以前よりずっと笑えるようになったと思う
あと何よりも驕りが無くなったよね
本当に良かったと思う
例え本来の意味での役不足だったとしても、そもそも微塵もそんなことは思っていないのだが、とにかくわたしはもう嵐のような場所に身を置くことは出来ないのだ
多分最初から無理してた
馬鹿にされ続けてきたから何かひとつ馬鹿にしてくる人間を見下せるものを作りたくてなんとか頑張ってた、運良く苦労せずとも出来たことがあったからそれでなんとか十代くらいまでは気を張れてた
見下すためだけにやってた、人を馬鹿にするためだけに頑張ってた
それでしか保てなかった、自分の気持ちが
見下す、見下されるの線引きしか持っていなかった頃に比べたら、今は本当にまともになったような気になる

もうそういうのはなくて、意地や見栄はまだあるけど、自分の身をも焼くような嫉妬心とか競争心とかなくて、果たしてそれが良かったのかは暫くは分からないことなんだけれど、それでもわたしは楽になった、呼吸が出来るようになった
顔を上げて歩くことが出来るようになった
それだけで御の字だと思う
わたしはこれでいい、これがいい

あとは人に踏み入ることと踏み入られることを受け入れることが出来れば多分ずっとなりたかった「普通」になれる
劣等生が普通になるのは本当に大変だ

明日も仕事である
とにもかくにも自分の歩く姿を見られることに怯えずに前を向いて闊歩出来るのは素晴らしいことなのだ
天窓から入る光が明るくて清々しいと思った


何か良いことがあるといいなあ