疾走

長文ポエマー地下室バンギャル

帰路
















共演が発表されてから、自分の過去のブログを読み返したり、フォロワーさんとお話したり、友達と話したり、自分の一番深い部分に複雑に絡んでいるcali≠gariというバンドと自分のことについていろいろ思いをめぐらしたのだけれども、結論とかまとめみたいなものは一向に出ない。ファイナルの後ロッカーのあるフロアで泣きながら笑っているNMNLさんを見て、嬉しくて、「バンギャルはこれだからやめられないんだよなあ」と幸せな気持ちになりながらもやっぱりわたしはMERRYに依存することは出来ないんだなとぼんやり悟った。したいのかと問われれば絶対依存なんてしたくないのに、そのとても刹那的で、幸せで本当に有り難い、尊い泣き笑い顔を見ながら、わたしもかつてはこうでバンドは違えど同じ気持ちになる人がいることに嬉しさを感じた。ただそう思えるほどに冷静だった。自分だって泣きそうになりながらそれでももう二度と涙を流しながら笑うことはないだろうなと思ったんだ。ライブはとても良かった。良かったという言葉以外を選べないほどに良かった。MERRYは本当に最高のバンドだと思ったし、それは通っている短い期間の中で何度も言ってきていることだし、たくさんの人に見てもらいたい。どこまでも走って行ってほしい。そしてその片鱗をたまにで良いから見て行きたいと思える。何せこういう要所要所のライブを「文句のつけようがないほど良いライブにする」というところに底力みたいなものを感じ、未来を感じ、それに応えられるだけのファンを獲得してきた歴史がすごいなと何様ながらも強く思った。なのに冷静なのは何でだろう。わたしが、泣きそうになりながらも涙を流せないのは何故だろう。歴史が浅いからだろうか。15年のうち1年もちゃんと見ていないからだろうか。最高のバンドに最高のファン、この中に入れたらなあと思いながら、それでもどこか冷静なのは何でなんだろうな。
全部置いてきた。全部cali≠gariに置いてきた。好きだという気持ちも、死にたいという気持ちも生きたいという気持ちも、ありがとうもさよならも、全部cali≠gariに置いてきた。友達と話して、わたしは本当に桜井青が好きだったんだよという話をしてしまってから、MERRYのTシャツを着ている自分に何故だか凄まじい違和感を感じてしまっている。本当に失礼な話だ。多分、共演の発表が無かったら今きっとどうにも切ない気持ちでMERRYの感想を書いていると思う。最高だったんだよって自分に伝えようとしていると思う。だけど、本当に一身上の都合の申し訳無さでいっぱいになりながらも、やっぱりわたしは本当の意味でのNO MERRY NO LIFEにはなれないんだなって、未だにストラップとしてついている青さんのピックを手のひらに乗せながら思う。実際今MERRYが無かったら絶対しんどかった筈なのに、日頃のストレスを被ってくれて、あのバンドでは絶対に言ってくれない約束をしてくれて、見たこと無いものを見せてくれて感謝しているのに、なのにわたしはやっぱりガリストでありたかったし、他のバンドに目もくれないで、ひたすらにcali≠gariに行っていたかったんだなって、そんな何の生産性も無いことを延々と思っている。失礼な話なんだよほんと。たった一言、「cali≠gari」という言葉を聴いただけでいろんなことを思い起こして、表情も無くなってしまって頭も空っぽになるような人間だったんだわたしは。今更気付いたって、今から取り戻そうとしたってもう無理なのに。だって睡蓮と向日葵、まだ聴けないんだ。句読点もダッシュも無い青さんの歌詞も、しょうがないという気持ちなしに見れないんだ。だけど、「今のcali≠gariを見てほしい」って言ってもらえたことは、理由は分からないけれどとても嬉しいことだったし、「EXシアターの公演を見てほしかった」と言ってもらえたことも、後々まで記憶に残るだろうと思ったんだ。未だに、わたしがcali≠gariに戻ったとして、行きたいと思ったとして、それを許してくれる人がいるのはありがたいことだなと思った。変な話だけど。「青さんファンと言えばあなただよね」って言われたことが、多分人生でも順位をつけられるほどに嬉しくて、申し訳無さも勿論感じていたけれども、今も感じるけれども、そうなんだよ、わたし青さんファンなんだ、青さんめっちゃ好きなんだよ!って思って、それが自分のアイデンティティの一部を担っていた時期が確かにあって、それは「そんな時期があった」なんて言葉で済ませられるものでもないような気がしている、ほんとはまだ青さんファンだって胸を張っていたい。最後になんてしたくないって過去のブログを読み返しながら、他のバンドじゃこぼれてもくれない涙を我慢しながら思った。何言ってんだろね。MERRYの沼にハマっていられたら良かったのに。こんなに簡単に覆るなんて本当にわたしはダメなやつだよ。正直自分でも驚いている。
9月25日。2日前。きっと夏の暑さが手を引いて、夕方や夜は少し湿る、あの日に近い気温になるんだろう。そんな日にわたしはMERRYとcali≠gariを一緒に見れるのかな。未だに認められないたくさんのこと、謝りたいたったひとつのこと、そういうことを全部網膜の奥に携えたままcali≠gariとMERRYを見れるんだろうか。今から何シミュレーションしてんだって話だけど多分青さんを見たら泣く。だってしょうがない、青さんだもの。わたしにとっての桜井青という人は、もう言葉では説明が出来ない。cali≠gariの記憶も、もう言葉にはならない。言葉よりもずっと映像に近い。
MERRYは最高のバンドだし、言うまでもないけど何の罪も非もない。本当に見てほしい。今しか知らないけどきっと今が一番格好良いバンド。熱くて、楽しくて、夢があって、気持ち悪くて、少しだけ切ない、最高のバンドなんだよほんとに。
しんどいなあ、何でわたしはこうなんだろう。何でこう未練がましいんだろう。こんな、趣味とか、バンドなんかにこんなにのめりこんでしまうんだろう。もっと現実見て生きれば良いのにね。こんなことしてる暇があったら資格のひとつでも取ればいいものを、だけど、元々生きていたくなんかなかったんだから、現実を見ないで生きていけたらいいのにと思って来たんだから、こんな苦しさも、虚しさも、切なさも、過去も、全部自業自得なんだろうなと思う。好きだという気持ち一つでここまで来たのに、どちらにももう行けないわたしは、ここからどうなっていくんだろうね。好きだという気持ちだけでなんとか生きてきて、そして、それを深くに沈めたままなんとか生きている。たかが、と軽んじようとしても出来ない。だって自分の歩いてきた道を軽んじるなんてもうわたしには出来ないんだ。ああ好きだったな、好きでいたかったな、好きだと思いたかったな、好きになりたかったな、いろんなものに対して迷ったり逡巡したり躊躇ったりしながら、まだ生きてくんだろう。9月が来るのが怖い。またあの日の温度に近付くのが怖い。人生で、一番、このまま消えたいと思った日が、あの日だ。何をどうしたいのか、何がどうなったらわたしはこうは思わなかったのか、何が言いたいのか、いっこも分からない。ただただ、ああ、怖いなあと、それだけを思う。