疾走

長文ポエマー密室バンギャル

♪:シャングリラ













夏の葬式は、初めてだったと思う、多分

研修の最中に連絡が入った。やっぱり時は止まるものだ。正直、考査が終わった後の連絡でよかったと思った。その前だったら動揺で考査ところではなかっただろうと思う。
心の中で謝る。
職場に連絡して休みの打診をし、同期とご飯を食べ、友達といつも通りにはしゃいで、あー楽しかったなと家に帰って、明日の葬式はきっと泣くだろうと思いハンカチを洗濯した。

わたしが、電車の外の景色を眺めるのが好きなのは、山が流れるのを見ているのが好きなのは、それがわたしの原風景だからで、夏休み、祖母の家から帰るときにいつも泣いていたのは、手を振る姿と山が遠くなるのが寂しくて怖かったからだ。

葬式は泣かなかった。
泣きたくはなかったから、我慢した。
それは単純に、わたしが親戚付き合いが苦手で、「家族」というものの意味がまだ分かれなくて、そういうものの前で、知らない親族の前で泣きたくなかったからで、故人が悲しむとかそういったことではなかった。
どこまでもわたしは自分のことしか考えていない。
もう一度謝る。

「あなたが二十歳になるまではきっと生きていないだろうから」と、夏の、照りかえる日差しに暑くなる軽トラックの車内で言われたことがある。
いくつのときだったのだろう。
多分小学生くらいのときだったと思う。
どうしても忘れなかった言葉だった。
もっと会話した筈なのに、それだけは、それだけを、覚えていた。
何も言葉を返せなかった。
成人式の際、着飾った見世物の自分の写真を撮られることには凄まじい抵抗があったけれど、写真を送りたかったから、それも我慢した。
返事は聞いていない。
わたしの写真を見てどう思ったか、それだけは聞いておけばよかった。

ありがとうもごめんもさようならも、わたしは上手く言えない。
とてもかわいがってもらっていたのに、親戚の中でも一番に、すごく好きだったのに、直視することが出来なくて、忘れられているかもしれないことに耐えられる気がしなくて、会わずに、そのままだ。

どう思えばいいんだろうな。
どう言葉にすればいいんだろうな。
ただ、雲ひとつない空と、山と、なつかしい湖を見て、夏だなと思った。


これが今年の夏なんだなと思った。



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