疾走

長文ポエマー地下室バンギャル

♪:キセキニイル













書きたいけれど書けることは少なく、話したいけれど話せる相手もなく、誰にもどこにも吐けないまま感情が停滞しゆっくりと沈んでいき、そうやって跡にも残らずいつしか消えていくその過程が、わたしは嫌いだ。
わたしの根幹を作る1本1本の繊維はおおよそ新藤晴一の言葉から出来ているのだが、彼の言葉に「確かに動いた心をなかったことにしてしまうのが、自分の心に失礼だと思うから」という節があって、自分の思ったことを文にするのが大好きだった子供時代のわたしは大層これに影響された。失礼だとは思わないが。自分に失礼だと思うほど、わたしはわたしの心を評価してはいないが。しかしなかったことにするのは、なるのは、やはりなんとなく嫌なものなのだ。
繊維はポルノに作られ、ムックに洗われた根幹が桜井青とcali≠gariで染まり、今の養分がMERRY。
くだらねーなーと思うがそれ以外を欲したいと思うことは今までもなく、恐らくこれからも無いのだろう、それだけが答えだ。思ったのは、ありがたいなとか意味不明だなとかいう今までのような詳らかな単語ではなく、せりあがる絶望的な気持ちと一刻も早くここから逃げたいという恐怖だけだった。誰かに自分を開くことは今の自分には難しいことではないだろうと思っていた。自惚れていた。言わないだろうと思っていた。見くびっていた。逃げたいとしか思えなかった。他人の深い感情は正も負も自分に向けられた途端に全てが恐怖だ。浅いところでずっと笑っていることは容易くなった。浅いところだって自分ということには変わりがないから大丈夫だと勘違いした。深く潜った先で、人を受け容れることはやはり出来ないと気付いたとき、行くべきじゃなかったと思った。わたしは他人を許せない。

普通になりたいと思っていた。自分じゃない誰かにいつかなりたいとずっと思っていた。自分が許せないほど嫌いだった。だけどもうわたしはわたし以外の誰かにはなれないし、変わりたいとさえ思っていないということを理解したとき、他人の接触を許すことを諦めた。それでしか自分を保つことが出来なかったのかも知れない。変わらなくてもいい。それは諦めであり敗北でもある。
分からない。分かってあげられない。分かったと頷くことがわたしには出来ない。わたしはわたしが良ければそれでいい。巻き込まれるのも巻き込むのも御免被りたいのだ。誰かに自分を預けることはしない。わたしはわたしが一生背負っていく。だから、一人で生きていこうと今も頑なに信じているんだ。