疾走

長文ポエマー密室バンギャル

夢のさき







私生活が荒波
でもここはバンギャルとしてのわたしの掃き溜め





もう身バレなんぞしてるようなものだしと思って書くが11月の16日に21時を秒読みして頼んだ狂信盤が1か月経った今日届いた。わたしにも非はあるのだが、それにしたって相も変わらず杜撰なもんだよなあと溜め息は出るしツイッターでは思うままに罵倒してしまった。そもそも21時ちょうどの発売ではなかった時点で少々苛立ってた。それでもわたしは狂信盤を選んだ。それが第7期だからだ。傷心という良心の欠片もない揶揄(と捉えられても仕方がないもの)に殺意が湧いても決して安くないお金を出して傷ついた心を上回る狂信を選んだ。とうとう完全に完璧に過去になってしまった第7期。死ぬほど焦がれた人の中でさえも全く完結してしまったわたしの大好きな大好きな大切な第7期。狂うほどに信じた第7期。見るかも分からない、映像にならなくてもいいと思っていた映像が今手元にある。わたしが、人生の左半分で一番泣いた、年甲斐もなく人の目も気にせず友達と抱き合って声を上げて泣いた、忘れたくても忘れられないあの日が今形となり手の中にある。それが良いことなのか悪いことなのかは分からない。分からないけれど、それまで呪詛を唱えていた底意地の悪い気持ちは少しだけ落ち着いた。第7期cali≠gariの前では、わたしは永遠に一人が好きで独りが怖い白い箱の中の大学生で、四方を山に囲まれた寒い土地に住む、意識だけの子供なのだ。

夢のあとは嘆きと悲しみだった。そのあとのさきには何が残るのだろう。
再び火を上げる憎悪だろうか。そんな気がする。もっと違う感情が生まれるだろうか。今のあのバンドを大事に思うことも好きだと思うことももう無いだろう。惜しむ気持ちも消えてなくなった。それどころかずっと、本当に7期なんてあったのか、わたしはどんなふうにcali≠gariというバンドが好きだったのか、それさえも思い出せなくなっていって、声を聞く度に恨み、文字を読む度に憎んだ。いつも盛大にアンチ化して終わる自分が無様だった。馬鹿みたいだった。ずっと黙りたいのに、ずっと黙れない。許せなかった、悲しくて怒りたいんだ、ずっと。

これを見たら本当に全てが終わってしまう気がする。恨むことで憎むことで忘れないことだってあるからだ。許すことすら怖いだなんて、本当にいやなバンド。
だけど大好きだった。本当に大好きだった。何よりも誰よりも愛した。それだけは紛うことのない事実だ。誰にも分かってほしくない。だけど誰かに分かってほしい。夢のあとと、そのさきを。どんな形でもこの夢のようなバンドとわたしの左半分が、異なる濃度で完全に溶け合って、そのときは同じように泣かせてほしい。死にたいと、そして生きたいを、涙が出るまで思わせてほしい。