V.S.

ポエマー長文地下室バンギャル

愚鈍の桜







意味はよく分かりませんがTHE・ヴィジュアル系って感じでとても素敵です
中身はいつものあれ






馬鹿馬鹿しいよなあ




どういうあれであれか分からないけど、いや分かってるけど、暫くライブに行ってないから頭がどうしても元いた場所に傾くんだよね。やっぱり26日当日券出してもらえないかなあ。この際他のバンドでもいい、自分の目線を他のところに集中させないと延々元カレ殺ス(わたしが)みたいな気持ちになるわ

いつからか終わるときが来たら書こうと思っていた「あれこそが恋だ」という言葉も記してしまったことだしもう言及するのは終わりにしようと思っていた。いや本当はもっとずっと前からこうして振り返ることが自分の傷を抉りもしかしたら他人の傷を開かせ誰かを不快にさせることなのかも知れないと感じていた。だから何度も黙りたい、と言い続けてたのに、結果黙れたことは一度だってなかったよ。それをアイデンティティにしていたことも未だに固執していることもとても下らなくて馬鹿馬鹿しいことだなあとは分かってる。たかがいっこのバンドにあそこまで懸けて。ね、下らないよね。もっと他のことに費やせたよね。それに未だにあのバンドを好きな人だっているし、現に友人がそうなのに、その友人が見ているところでわたしがあのバンドを悪く言うのはどうしたって違うじゃない?見てて気分の良いものではないよね。ほんとやめればいいのにさ、黙ればいいのに。でも。また「でも」だよ。下らない、馬鹿馬鹿しい、愚かなこと、どんなに哀れんで軽んじても必ず最後には「だけど好きだった」って言わざるを得なくてそれが虚しい。いっそキレイサッパリ「このクソバンドが!」って吐き捨てられれば楽だったのに、「ドラム変わったら行くかー」なんて冗談で笑い飛ばせれば楽だったのに、焦がれるほど好きだったあの頃のことはもう永久に穢れることが無いから虚しい。からっと終えられる度量があれば良かった。でも恨まざるを得ない。自分も、そうじゃないものも。
綺麗に終わってくれたら良かった。それだけだった。最後まで大人で誰をも寄せ付けないような高潔さで終わってくれたらこんな風に思わないで済んだ。多分。多分としか言えないけど。もう2年半経って映像化もして全く完結してしまっているのに、未だに何でそれ言っちゃったのかなあってチクチク思うんだよ。人の大事な思い出に後ろ足で砂をかけないでよ、ねえ。これは傷痕なんだ。幻想だよ、分かってるよ押し付けだってことは。だけどそんな幻想の絵を今までずっと守ってきてくれたのに、最後の最後にどうしてそうなってしまったんだろう。守って終わるだけの度量を、わたしはあなたに期待していた。それが無ければ、それさえ無ければ、わたしはきっとアルバムもツアーも喜べたかも知れないし、少なくともこんな鈍い苛立ちを感じなくて済んだ筈だった。恨むことで忘れさせないことを狙うほど迂闊ではないでしょう。たったひとつ、綺麗に終わってくれたら、それだけの思いが、こんなにも無駄な言葉を大量に生み出している。


握り締めた拳を振り下ろすところなんて無い。多分向こうだって殴られるいわれなんてもう無い。終わったことだから。時効だから。みんな笑顔だから。もう大丈夫だって思われているから。わたしの思いは無駄だから。行き場もない。やり場もない。頑張ってほしい、頑張ってほしいけど、今が楽しいと言われる度に過去を否定されるような気持ちになる。楽しめている人を見る度に自分が惨めな気持ちになる。惨めだね。握り締めた拳に使ったエネルギーが他のことに活きるようなものだったら良かったのにね。下らないね。誰と戦っているんだろう。本当に馬鹿馬鹿しいよ。