疾走

ポエマー長文地下室バンギャル

有楽町駅日比谷口






今日だけは飲めない酒を飲みたい気分
まあ飲めないので梅酒のノンアルコールが好きなのだよ、それ梅ジュースだよ
箱買いしようか悩むわ




お疲れ様で御座いました、労働労働次ぐ労働。世の中キラーイ!ライブに行くために働いているとかつて思った自分が何故この一大イベントを逃して好きでもない仕事をしているのか?好きでもない仕事に就いたのは自己責任だし、仕事を好きでやる必要も無いという考えだけど、さすがに産業廃棄物をゴミ捨て場にぶちこんでいる頃に開演したかと思うと心が折れます。開演何時か知らんけど。あったかくなってくるとライブに行きたい欲がもりもりしてきて、多分それはわたしがいちばんライブに行って楽しいと思ったのが夏だったからで、この季節の野音は映えるだろうなあと雲ひとつない快晴ぶっこいた本日に将来心の糧になるであろう機会をひとつ失ったのでした。
勿論前から言っているように、きっと会場がそこな時点で行けなかったとは思う。わたしの人生の半分が始まり、そして終わったのが他ならぬ日比谷野音です。梅雨や晩夏の空気を全身に纏わせながらライブを見るっつーのは良いもんだったね。風に揺れる葉も、暮れてゆく日も、少しずつ沈殿していく暑さも、全てが演出になる。「そこにいること」「その場所にいなければ感じ得ないこと」が「そこにある」というのはなんて尊い経験なのだろう。コピー用紙をプリンターに補充しながら野音のことばかり思い出していました。行けなかったと思うよ。だってTwitter野音の写真見るのすらつらいんだぜ。近くに行ったら倒れっちまう。わたしの心が、そこにある作品が、見てきた人たちが時を経て変化し歪んでいっても、あの場所はあの場所に永久に佇み、変わることも歪むこともなく湿度と灰色と音を含み続けている。そんな場所になんて二度と行けない。行ってはいけない。上書きされてはならぬ、あそこだけが想い出を想い出たらしめる。
だけど行きたかった。同時に強くそう思う。働きたくねえ。働いてる場合じゃねーよー!行きたいだろー!それこそあったかくなってくると去年の夏を思い出す。去年はもう少し休みが取りやすかったから無茶言って休みもらってMERRYばっか行ってたのさ。きっとcali≠gariが趣味の終わりだと信じていたわたしにとって、それはまあ不慮の事故ではあったんだけど、折れた骨が強くなるというか、まあそんな感じでMERRYには随分助けてもらった。京都と大阪、特に何かのお祭りにどん被りだった7月の京都は思い出深い。ライブは覚えてないけどな!ただあのお祭りの空気の中ひとりで好きなバンドを見にライブハウスに向かうのは贅沢なことだった。そういうバンドだからさあ、やっぱ行きたかったよね。やってらんないっすよね人生。じゃあカレンダー通りの休みなら文句言わねーのかっつーとそーでもないけどな!文句しか言わねーけどな多分!
夢の中でもMERRY見てたよ。なんか知らんけどわたしが夢の中でライブを見るときって必ず体育館なの。それも代々木ーとか横浜ーとかそんなんじゃなくて小学校か高校の体育館。んで客がすくねーの。ドセン入ってガラ見てたわ。何でだよネロちゃうんかい。場所が体育館なのは多分わたしの「公演」の元風景みたいなものが体育館だからだね。小学校のとき地元の劇団が毎年公演しに回ってくれてたの。それが楽しみで楽しみで、書いてて思い出したけどわたしそんな頃から好きだったんだな、ホールとか公演とか…全然忘れてたわ…。地方進学校のそれはそれはしょぼくれた高校の文化祭でも後夜祭にはバンド演奏やってたしね。楽しくはなかったけど空気感は好きだった。多分そのせいだ。
夢にまで見るほど行きたかったんかなーとぼんやり思ったし、そこで出てきたのがもうcali≠gariではなかったことにはたと気付いて、別にそれに対して何の感想も感傷もないけど、ただあーそこで出てくんのMERRYなんだなと思ったりした。行きたかったな、と、無責任なことを思う。行きたかったのに仕事だから行けなくて、何でこんな好きでもねえ仕事を行きたいライブを諦めてまで毎日毎日何時間もやってんのかな、あーもうそんなんだったら全部やめちまいてえな、と思ったりもした。精神的に行けないとか言って、もう二度と取り戻せないなと理解してしまった想い出に縋りつきながら、それでもそれを更新出来ない自分を馬鹿馬鹿しく思ったりもした。どっちも本当のことだから余計に情けなくて、やっぱり、無責任だ。

春の野音は美しかろう。野音という場所には多分今までそこで公演を行ってきたアーティストの魂の欠片が込められているのではなかろうか。そう思う程会場そのものが美しい。
良い夜だっただろうなあ。そう思って、帰りは車の窓を開けて、音楽を止めて走った。この田舎じゃあ虫の声と蛙の声、電車の通る音、そして時々耳障りなクラクションくらいしか聞こえてこないけど、あのバンドのことだし、良い夜になっただろう、という確信、これはもう信頼だなあなどとロマンで死に至りそうなことを思いながら走った。

1日ずれた休日はひたすら寝て過ごしたよ。多分意識がある時間の方が少なかった。腰も痛いし口ん中は今もちょっと気持ち悪くて、機械的に出勤しているだけでそうじゃなければなんだか大学の頃もこんなんだったような気がすんな、なんて考えている。よくないことだけど。よくない大学生活だったのだ。怠慢な、つまらない、ただ滑り落ちていくだけの、いつの間にか過ぎてゆく毎日。欲求の生まれない退屈な日々。だけど今日あたりなんだかとても久しぶりに「ライブに行きたい」と心の底から思えた気がして、それだけは良かったなと思った。

良い夜がわたしにも訪れますように。楽しくて、明るくて、爽やかで、湿気と終わった寂寥で少しだけ不快になるような、飲めない酒は選ばない程度の慎ましさで、炭酸ジュースを飲み干して明日も頑張るかーって諦めてしょうがなく笑えるような、そんな夜を待ってる。