疾走

長文ポエマー地下室バンギャル

♪:家路








海から程近いところが実家だった。高校までは帰宅部万年運動不足の足でこぐ自転車で40分。湿気まみれの熱風が吹く地元を、ムックのワーストオブムックをエンドレスリピートしながら毎日走っていた。家路が特に好きだった。
暮れるのを待たず蝉は落ち、どの夏だったか、多分高2の夏、通学路に転がる蝉の死体を数えながら毎日自転車をこいだ。何故か前日までの数字を忘れることはなく、数えるのをやめるまでで確かのべ46、7個。暗い子供だった。




法事は苦手だ。あらたまりかしこまるのが苦手だ。生地ののびない化学繊維が嫌いだ。スーツが嫌いだ。だから冠婚葬祭、儀式めいたことは大体苦手で且つ嫌いで、成人式も、特に前撮りが最悪の思い出である。

然程高くもない、枝のつき方まで見える程度の山と、斜面を下りていけば辿り着ける湖の間に親族の家と、お墓がある。
コンビニが潰れる。老人ホームや介護施設が来る度に増えている。中学校の統合。小学校の廃校。一両の電車。秘境駅の呼び声。使われていない離れは見るのも億劫で、母屋でさえ置かれた時計が動かないまま、直されないままで止まっている。本来なら無い筈のところにつもる埃、黄ばみきったプラスチック、パリパリと朽ちるセロハンテープとその跡、錆びきったトタン、墓石の苔。町は多分、人と共に老いつつある。

昔はここに来るのが好きだった。密ではなかった親戚付き合いの中でも血が近く、行く頻度が高かったし、なんせ優しかった。他人ではないけれど他人という距離をまだ違和感無く楽しめていた頃は好きだった。
来る度に自分のルーツを考える。帰る度に別れが嫌で泣いていた。泣かなくなったのはどこだっただろう。わたしが鈍行に乗って流れていく景色を眺めるのが好きなのは多分ここのせい。山も海もどちらもなくてはならなかったようで、長野では苦戦した。山の向こうに何かがあるような気がした。そのなんともいえない幻のようなものに魅入られた。だからわたしは、それを音楽で示したあの人を好きになったのだと思った。



わたしはわたしの持っている、或いは持っていると自惚れる、殆どのものを捨ててしまいたい。縁もゆかりも、切れるのなら切っても構わない。切りたいわけではないのだが、なんとなく疎遠になってほしいような、そんな気がしてしまう。
榊に何の意味があるのか。唱え言葉に何の意味があるのか。それで浮かばれるのか。分からない。死んだら全て終わりだと思っている。何もなくなると思っている。だけど低頭と言われれば頭を下げるし、やらなくてもいいんじゃないのとは言わない。オカルトめいたことを笑うこともしない。生きている人のためだという高説も結構。ただ、何もかもがもうたくさんで、関わりたいとも話したいとも思えなくて、一人になりたくて、結局なれなくて、だから無為に消化試合を繰り返す。帰りたい。帰りたくない。行きたくない。あの場所には。戻りたい。戻れない。欲しいものはもう無い。無くなってしまった。どこにも無い。


笑えなくてごめん。話せなくてごめん。出来なくてごめん。何もかもを嫌いでごめん。わたしはわたしの選んだものだけで生きていくことを、もう神様に誓ってしまった。







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