疾走

長文ポエマー地下室バンギャル

死ぬまでに100万回讃えたい桜井青の神的歌詞フレーズ25







御大礼讚之典
暇極まったときに読むのをすすめます!断るのも飽きたくらい長文です!


(目的)
第1条 この記事はcali≠gari/カッコー/FIGURE'71/lab./LAB.THE BASEMENT等のメインコンポーザーであり作詞家である桜井青の類い稀なる表現の歌詞を紹介すると共に筆者の暇を潰すことを目的とする。

(主催)
第2条 当記事の企画はかつて2009年復活後の第7期cali≠gariに足繁く通った顔も名も無き一バンギャルが行うものである。よって異論は甘んじて全て認めるが、一切の非難を無視する。

(実施要項)
第3条 この記事における諸条件を以下の通りとする。

第1項 範囲を桜井青の作詞に限定する。但しKUON、久遠一二三、サクライアヲ、Blue=Blossom等別名義であったとしても桜井青本人作詞と確定し得るものはその範疇である。
第2項 筆者が当たった当該作家のインタビューやファンによる伝聞もしくは筆者自身の探求によって、引用やアレンジ等明確に他からの影響があると判断した歌詞は除外する。
第4項 表記は手元にある歌詞カードに依拠する。但し環境上手元にない場合はインターネット歌詞サイトを複数閲覧し、記憶と照合した上で最もそれらしいものを選択する。また出典によって表記にぶれがある場合は筆者の嗜好にて選定する。
第5項 この記事においては第7期終了によって生じた個人的感情、並びに曲への思い入れ特に場面的要素を排除し、あくまで筆者の感性と歌詞との擦り合わせによってのみ記述するよう努める。
第6項 当記事にて選出した25のフレーズの頭の数字は順位付けの意味を持たず、一切は横並びである。
第7項 作品の解釈は作者の手元を離れるべきという信条に則り、当記事では作者の意図を鑑みないこととする。また、作者とはそのまま作る者を指し、作家とは当該作家を指す。
第8項 当記事による受け手側の拡大解釈の様を嗤うもよし。
第9項 遺書感を出さない。


以上を前提としてお送りいたしまっするむき。冒頭からして溢れ出る暇人感




1. ゴスペルが響き渡ります。
SENTIMENTAL SUISIDE/lab.

《頭を撫でたら唾を吐かれた。ゴスペルが響き渡ります。穏やかに苛ついたんです。》
という歌詞の流れの中のワンフレーズ。穏やかに苛ついたという感情を「ゴスペルが響き渡る」!!パネェ!!!スゲェ!!!映画みてェ!!!!!
自分より明らかに立場が下・庇護下にあると信じていたものからの反撃、飼い犬に手を噛まれる屈辱を伴った怒りを宗教音楽のあの厳かさで表現すんの、まじすごくない?笑顔でありながら背に濃いカケアミのスクリーントーン貼られてる感じ、みんな新宿の方向に向かって低頭しよう!


2. 異形の森
禁色/cali≠gari

異形の!!!森!!!!!
森そのものが異形なのか異形のものが森のように集まっているのか、個人的には後者なのですが、なーんせこの禁色という曲の雰囲気をドンズバに示す一行目なんですよ!!あるよね青さんってこの「一行目で心臓射止めますシリーズ」!!!
更にこの奇形メルヘン音楽隊を表す《異形の森》という一言に続く言葉が《縛られて》!!!!し!ば!ら!れ!て!!!中ニ病に冒されたわたしの脳汁がシャバダバ分泌されちゃうよね!!!(脳汁って表現はあまり好きではないですがこれはもうせざるを得ない)
他人の理解の一切を不要とするこの上ないほど中二でこれもまたどちゃくそ「らしい」歌詞だと思うのですが、今現在の作家の目の前にこの歌詞を出したらベッドの上でゴロゴロ身を捩りそうなところがまた最高です。


3. ほら、僕の僕をこじ開けて。
君が咲く山/cali≠gari

※グロ注意
性癖暴露大会感(^-^) 元々「僕」という一人称が圧倒的に多くはありますがそれには作家本人の投影と別の誰かの一人称の2種類があると思っていて、これは後者圧倒的に後者。
主語「僕」+目的語「僕」というのは密室系の癖だと思いますがその中でも非常にテリブルな一節。絶対に開けてはいけないものを無理矢理開けさせられる恐怖。
cali≠gariの中でも最も話題に上がりやすい1曲。ゾッ(^-^)


4. 夢を信じていなければーーーーー。
深夜、貨物ヤード裏の埠頭からコンビナートを眺めていた/cali≠gari

あらゆる動詞をくっつけても成立しそうな結論を言わず煙に巻き判断を委ねる狡猾さ優しさ畏ろしさ、永遠に無くさないでNAMUSAN…


5. 夏の終わりは僕達をおかしくさせる薬なんです。駄目なんです。
最後の宿題/cali≠gari

特に《駄目なんです。》というところがっょぃょ!何故なら「駄目」という言葉が普遍的すぎるから。
わたしは言い換えのききにくい言葉を鮮やかに他の言葉で表現してしまう人が好きなのですが、そういう書こうと思えば恐らくはいくらでも他の表現が出来るような人がついに探しあぐねてそれ以外にもう見つかんない!って感じで使っている単純な言葉はもっと好きなんですね。これそれ。
《駄目なんです。》なんだよ。駄目だよ。反則だよ…駄目だよ…尊い…とわたしが頭を抱えるときの駄目と種類としては一緒ですよね。内容は雲泥の差だが。ハア-トウトイ!!
この曲には好きなフレーズがしこたまあって《青く! 蒼く!》《高く! 早く!》とか青春の疾走感の極みでたまらんし、《青春とは罪無き犯罪の日々です。》とか思想~~~~~!!!ってなって魂が震える。


6. 日差しが叫ぶ公園で 家族をしてる馬鹿がいる。
ママが僕を捨ててパパが僕をおかした日/cali≠gari

根底に流れるのは「羨望」では?
日差しが「叫ぶ」という擬人法もよーし土下座土下座新宿方面に土下座組合。桜井青は修辞がベリー素晴らしく、おおよそ一般的と思われるような表現よりも明確に、数ミリ単位で正確に的を射てくるところがネ申
「日差しが強い」よりも「日差しが叫ぶ」方が日差しは激しいわけですね…
んでまた家族を「する」!ディスイズアイロニーすぎてトリアエズ失禁シそう。


7. あの日の朝に、世界は終わったのにね。
END OF THE WORLD/lab.

《あの日の朝に、世界は終わった》
終わるのは夜ではなく朝というところがマジ超絶ひれ伏しポイント。全てを白々と見せる朝に、瞼の裏側までしらっちゃけていく表現を選択している。つまりここから読み取れるのは、終わりは真っ黒ではなく真っ白だということなんですね。
このフレーズの更に素晴らしいところは夜ではなく朝というところに加えて《のにね。》という語りかける口語であること。仮に《あの日の朝に世界は終わったのに。》であればそこから後悔や悲哀や憤怒が読み取れるけれども、《世界は終わったのにね。》と終助詞「ね」が入ることによってそれは決して独り善がりにならないし、しかし独り言として成立することは可能で、尚且つ後悔や悲哀がほんの少し薄れ別の何とも言いがたいニュアンスが加わる。個人的には「自嘲」を感じさえする。わかれ!


8. 正しいまま傷つくこと。それが必要なんだ!
夏の日/cali≠gari

「正しい」や「正しさ」というのは比較的頻発するワードですが、ではその中身はというのが気になるわけで、わたしはその正解をFIGURE'71のシングル「東京負け犬エレジー」の帯の裏の文だと考えています。
第2実験室改訂版に収録、リリースが2002年ということから恐らくは青さんが30を超えてから作ったものということで、その歳にして《正しいまま傷つくこと。それが必要なんだ!》と言い切ることに意味を見いだしたくなりますね。ぼかー桜井青の歌詞の性格を「老成した少年性」って言うことが多いんですけど、老成しててもやっぱり「少年」なんですよねどっか。傷ついてるんだよね。


9. 典型的倦怠感。症状は■■です。
JAP ザ リパー/cali≠gari

「-en、-ei」の母音が目立つフレーズ。ただし音階や曲調は典型的倦怠感そのものとは程遠い。んでもってこの曲の伏せ字率!
あー!7期尊いなー!! すまへん_(:3 」∠)_


10. 見知らぬ空落ちてくる
リンチ/cali≠gari

《見知らぬ》には「慣れ親しんでいない」の意味合いよりも「異常な」という意味合いを感じますよね。cali≠gariを聴き始めた頃、歌詞解釈において「見知らぬ空=地面」、「落ちてくる=落ちていく」、というのをよく見かけました。全くその通りだと思います。繰り返し申し上げますが作品の解釈は作者の手を離れるべきだと個人的には思いますので、作者の意図というものの考慮は致しません。よって全くその通りだと思います!「地面へと落ちていく」を《見知らぬ空落ちてくる》と言い換えているわけです。わあ~~~!
文字通りの意味ではホラーとして恐ろしく、解釈を通すとテラーとして恐ろしい。天才かな?


11. 真っ白なシーツ いつもと同じ寝顔 冷えきったベッド ただ光に包まれてたね
真っ青なシーツ 二人が選んだ海 陽に灼けたベッド いつまでも泳いだね ずっと…

あの人はもう来ない/cali≠gari

2箇所に跨ぎました。対比こそ全て、この対比こそこの曲のガチ尊ポイント…南無…
リリースが春だったことも相俟って人の死は「白」、「光に包まれて」いることが非常にイメージしやすい。そして最後の5行でその人の生を「青」、「海と陽」として描く優しさの表現力。…天才かな…?いや紛れもなく天才…天才じゃダメなんですか…人生甘いもんじゃないんで…
《二人が選んだ海》というのはわりかし物珍しくない表現のように思うのですが、それを歌詞の最後の死で生を表すかたまりの中に持ってくることがにくく、更に真っ白⇔真っ青、冷えきった⇔陽に灼けた、ただ(点的)⇔いつまでも(線的)という対比に紛れさせることがずるく(そしてそれぞれの対比の還るところは「死⇔生」の対比である)、そして極めつけは《ずっと…》という一言がラストに添えられているところっすね、もうおっかないっすよね。その一言が無ければ人がひとり生きてきたという事実を「閉じ込める」ことが出来ないわけですよ。その一言があってようやく恒常の完成を見るわけで、ひとつひとつの表現自体に目を引くようなものがあるわけではないけれど連なりと対比によってここまで高めてくるかってところがテクニシャンっすよね。


12. 薬を飲み続けなくちゃ、夢も見れない僕だから、軽く苛ついた気分でチャンネルを右に回した。
薬を飲み続けなくちゃ、夢も見れない僕だけど、軽く照れ臭い気分でヴォリュームを右に回した。

狂い蝉が叫んだ朝に/LAB.THE BASEMENT

対比シリーズ。桜井青の歌詞の中ではたまに見かける手法ですね。あとは誘蛾灯、スクールゾーン、END OF THE WORLDにみられる4連とか。
作家本人に通院や服薬の歴があるかは預り知るところではないですし別段知りたくもありゃしませんが、もしその一切がない上でこれを書いたならパネェなっていう。
歌詞のみで語りたいのですけど狂い蝉の印象に関してはPVの影響なしに語ることが出来ないので一度見るのを薦めます、多分よーつべに転がってます。


13. 黎明の朝焼けに鳴り響くは梵鐘の陰言。
薄明の夕焼けに鳴り響くは梵鐘の戯言。

青春狂騒曲/cali≠gari

全日本大声で歌いたい日本語詞300選の1ページ目を飾るべき。
《シャッターに吹き付けた、小さな犯行声明文も笑う。》ウオオオオオオ ( TДT)o 彡゚ ブンブン
lab.のBEAUTIFUL LIFEにアレンジされたこのフレーズが採用されています。


14. 明日の思い出作るから、僕は僕になるよ。
冷たい雨/cali≠gari

明日の思い出を作る→未来を過去にしていく
僕は僕になる→歌詞中で《僕が僕をやめる》=死ぬこと、と捉えられることから、その逆として生きるということ
どちらも「生きる」という意味を包括する。決して凝り固まった決意ではない、もっと複雑な表情のしなやかな意志。ある意味でそれは遺志かもしれない。桜井青の真骨頂であり密室系のもうひとつのテーマだと思います、《僕は僕になる》(ムックの歌詞にも時折出てくる歌詞ですね。石岡の血…)。


15. 抱き締めた写真が空に飛んだ 今世界に鐘が鳴る
WHEEL OF FORTUNE/lab.

今世界に鐘が鳴るんだよ!!!!
WHEEL~は桜井青の書いた詞の中でも自主制作短編フィルムらしさっつーのが格段に強い気がします。青さんが場面的なことを描くときは具体的なものが多い印象が強くて例えば「アパート」とか「新宿通りの喫茶店」とかなんですけどこの歌詞にはそういう描写が無くて、その割には言葉自体が平易で感情的なんですよ。そういうのってすごく自主制作感がありませんか?何言ってるか分かりませんか?わたしも分かりません。
言葉自体は平易で感情的なのに、何を受けてどうしてそう思うのか考えても結局答えが出ない感じが珍しいような気がします。違和感と言うと語弊がありますが初めて聴いて読んだときからずっと素直に飲み込ませないようなところがある歌詞だと思うんですよ。
もーこれもこれで目を見張る歌詞が並びます。《鮮やかな景色 懐かしい日々だ》青さんがこういう表現すんのやっぱり違和感。《やがて木霊する雪解けの音》、雪解けの!音が!木霊するの?!パネェー!!唯一絶対尊いの極み!!!!何でわたし仕事休みだったのにこれやったライブ行かなかったの?!しぬの?!


16. ソープ通いと女装が天国で
マグロ/cali≠gari

\天国でー!!!/


17. 先生!いわゆるある種の区別を知って、やっと、やっと晴れて生理痛な天気です。
発狂チャンネル/cali≠gari

意味解んなすぎてこわい
わたくしは桜井青御大を崇めていますがそれはあくまでも密室五大要素(「11」発売時のコピーを参照のこと)のうち哀愁と青春に惹かれてきた結果なので、倒錯と破壊は殆ど言及せずに来ました。恐らく世間的なcali≠gari及び桜井青のイメージはそちらの方が強いわけですが…
つまりわたしでは解釈のしようがない。理解を求められているとも思えないし、求められてもわたしは拒否したい、そういう種類のフレーズです。むしろ一見に理解不能なところが良いという姿勢です。 


18. 帰れない。そうさ、帰らない。
カッコーの巣の上で/カッコー

歌詞らしい歌詞だと思うと同時にこの部分を聴くと「いやあ、青さんの歌詞って日本語なんだよなあ」と思う。何故かと言うと多分好きすぎるせいです。思い出そうとしてもなかなかどういう種類の歌詞だったかって思い出したり表象したりすんのが難しくて、多分好きすぎて日本語とさえ認識出来てないとこがあるんだけど、このフレーズ見るとあー単純に単純な日本語なんだよなあなんだけどなあ…ってなる。うんまあこれはつたわらん気がする


19. そう、部屋の片隅に座っている、少し大きめの冷蔵庫。空っぽに近い中身は、きっと僕自身なんでしょうね。
ただいま/cali≠gari

何言ってんだよおおおおあんたは空っぽなんかじゃないよおおおおおおおおとガッバア抱き締めたいいいいい
冷蔵庫に対しての《座っている》という擬人法からの《僕自身》。一人暮らしの寂寥と自分の伽藍堂さ孤独感を端的に表した名フレーズ。


20. 全部、疑手だったんですけどね。
ブルーフィルム/cali≠gari

みんな大好きブルーフィルム。復活前のcali≠gariと言えばこの曲、という側面が確かにあったと思われます。《「誰の為じゃない自分の為に、みっともないくらい泣くのもいいさ。」》というフレーズも同等に人気が高い印象。
義手をイコールニセモノとみるのはPC上危険な解釈ではありますが、《誰かに「大好きだよ。」って言って欲しくて、どんな手でもギュッて握ってみたよ。》という人肌を求めた上で握ったニセモノへの違和やら落胆やら自業自得やらちぐはぐさやらもろもろいろいろを「疑手」という2文字で完全に表しきるところが㌧でもない。
ブルーフィルムの初出が2000年7月、製作期間を鑑みるに当時桜井青29歳。29歳!!!!!あらいやだ!!パネェ!!!!!!


21. 一緒に歩いても独りだった。
春の日/cali≠gari

ホゲェエ
これほんますごない?!「一緒に歩く」なんてプロポーズに使われたっておかしかない言葉なのにそれでも「独り」なんてええええ ウッ ウッ ぎゃふんここに極まれり……
個人的な印象になりますが一緒に歩いている以上、強烈な孤独感ではないと思うんですよ。それはわたしが「歩く」という言葉に対して重めの感情を乗せがちだからなんでしょうけど。だけど「独り」。もの悲しい、うら寂しい、直接的な悲しいや寂しいではなく接頭語を伴うようなそこはかとない負の感情を感じさせるような気がします。
そして後に続く《何もかも見えない。》、ここでやっとその接頭語が取れるわけですよ。悲しい、寂しいという強い感情になるのでは?《一緒に歩いても独りだった。》というのはむしろ単なる事実を述べただけなんではないかと思ったりしてね。ごめんトイレ行ってくる


22. 空が、近視気味の目にも青く映るなら、僕は僕の場所をずっとずっと探せるよ。
サイレン/cali≠gari

《サイレンがーーー。》
「近視気味」というのはもう「発狂気味」だし、「青く映るなら」は「正常な判断力があれば」みたいなニュアンスを感じます。はあ…スゲェなあ…


23. ーー 狂人老いやすく核去りがたし ーー
ゼリー/cali≠gari

この人絶対ヤバいって…あたまおかしいって…


24. 寂しくなくちゃ知らないことも、傷つかなくちゃ知らないことも、いっぱい、いっぱい、あったのに、僕は見て見ぬ振りしてうつむき黙り。寂しいのが嫌だとか、傷つくのが嫌だとか、泣き言ばっかりで、謝る事しか知らなかった僕に、心から、「自殺しろ。」と願ったんだ。
「依存」という名の病気を治療する病院/cali≠gari

許してくれ、と口をついてしまいそうなほど、痛烈な。
ワンフレーズではないかも知れませんがわたしにとってはここまででワンフレーズです。「再教育」というアルバムの教員の持つファイルのような装丁、何色とも言いにくい紙に教科書体のようなフォントで書かれた歌詞は卑怯の極みですね。文字に起こすとイタい、と言われてしまいそうですが、まー聴いたときは衝撃で。こんな歌詞書ける人がいるんだこれは歌詞に書いて良いことなんだ、と思ったし、やっぱね、「何で分かるんだろう」って思ったんですよ、初めてね。初めて「ああこれはわたしのことだ」と思える歌詞で、それを書く人だったんですよ、桜井青は。
大学のとき、一番どうしようもなかった頃のわたしをよく知る友達にこの歌詞を見せたとき、「ああこれはのいちゃんには刺さるだろうねえ」って言われたのがまた印象に残っています。わたしのためのわたしのうた。
これのまじつらポイントは作家の歌詞の中では珍しく読点が頻発していることですね。青さんは本来相応しくないところに打ったり細切れに打ったりをそれほど頻繁にはやらない人だと思うんですけど(記憶の限りSUNRISE BLOOM/lab.のみ)、これは区切りが比較的細かいので一言一言噛み締めさせられるようできついきつい。だけどそれが素晴らしい。よし!墓に入ろう!


25. 負け犬には遠吠えがお似合いと云うけれど、牙をむく弱者達の強さを見せてやれ。例え顔を焼かれても死んで花実が咲くものか。世界を背にして歩け。この街で生きるなら。
東京負け犬エレジー/FIGURE'71

桜井青……(号泣)
これぞ桜井青……
後にlab.のTOKYO DOGSに流用される一節。恐らく作家自身に刻印されているような、血のような一節に思われます。
「ファンであれば○○すべき」というような言い方は嫌いですがこれに関しては!桜井青を好きと言いながら東京負け犬エレジーを聴いていないなんてもう!このモグリ!ダメサクライスト!在庫無いじゃない、聴くの。
桜井青の歌詞の哀愁青春の真髄は絶対ここだから…!あっでも今サクライストではなくてSGとかなんとかって呼んでるんすよね。じゃあ別にいっか(ここにきて個人的恨みやめなさい)
そしてこれは最後の《見かけだけに騙されて、》から《生きたいんですーーー。》までが本当にもうなんつーかヤベェ。語彙を失うレベル。つーか放棄するレベル。1+1?みそスープ。




おーわっぴ!




やってみて一言:再三言うがワイ超~~暇人

やってみて二言:でも正直今まで書いたブログの中でもトップ争うレベルで書いてて楽しかった

やってみて三言:桜井青最高


以下閑話。
これを書くにあたりサクライストを名乗り他人に拓く者として絶対に手は抜けないがしかし絶対に肩の力を抜きたいと思いました。そのためになるべくふざけました。まあそんなわけで歌詞カードを3万年ぐらいぶりに開いたわけなんですけど、やっぱりね、最終的には遺書感出たよね!依存とか酷いもんだね!しょうがねえな~ホント!
再教育ではなんともなかったものが11の歌詞カードを開いたら喉が詰まりました物理で。地下室のお知らせぴらりしてほんと死に絶えるかと思いました。ワッショイ呼吸困難。まじクソ好きな桜井青の歌詞をこうやって噛み砕いてどこが好きかをエンヤコラ書けるようになったのは間違いなくバンドから距離を置いてみたからですが、まあそれ自体は多分良いことなのですが、傷が癒えているかどうかっつーのとは然程相関性がなく、きっと失恋のように、思い出す度どっかがじくりと痛む類のものなのでしょうね。
作品は裏切らないと思っています。本当は裏切ると思っています。だけど裏切らないと言い切りたいんです。

久しぶりに歌詞カードを開くということは久しぶりに桜井青の歌詞を「読む」ということでもあるわけですが、やっぱり何が美しいって桜井青という名前がまずもうハイパー美しすぎワロタっつー話だなと思いました。桜井青…声に出して読みたい日本語…Say桜井青…Ho桜井青…
しかし楽しかった。桜井青の歌詞は最高。烏滸がましいことを承知の上で言いますが、言語感覚をカテゴライズ出来たらわたしは多分青さんと同じカテゴリに入ると思うんですよ。底辺とトップの差があるけどね?ゴデ○バとチ○ル、チョコはチョコみたいな。ヴィ○ンとし○むら、服は服みたいな。違うか。だけどそんな感じで多分同じカテゴリ、に、いれたら、いいよね……(屍)
ていうかそうじゃなかったらわたしここまで青さんの歌詞好きになんねーと思うのよね。言葉に対する執着が恐らく強めという自覚があってそれでいて誰かの言葉に依っても良いと思えるんだから、じゃあその誰かっつーのはやっぱ同じところ且つ遥か上じゃないと惹かれたりしないじゃん?

また10年後とかに出来たらいいなと思う。いやそこまでブログ続いてる自信は無いけど。でもそれくらい先に、まだやっぱり青さんの歌詞は最高だって諸手を上げて高らかに謳えたらそれはとても素晴らしいことだなと思います。
なんとなく桜井青と記号的に名指すことは出来ても青さんとかつて呼び慣れた名前で呼ぶことはしづらかったんですけどね。青さんってほんと最高に最高だわ。はー尊い


おんたいらいさーん!砂肝たべたーい!