疾走

長文ポエマー密室バンギャル

初冬








週末台風とか気象レベルでわたしを殺害しに来てるよね?もしこれで長野行けないってなったらもう無理です駄目です呪います


秋はムックのカルマとシャングリラを聴くことが多い。今日はポルノの新譜も届いてたけど封すら開けてないし部屋の電気もつけないでイヤホンを耳にぶちこんで数年前の曲をWALKMANで音量5にして聴いてる。ささやかにいつもより大きく。懐かしいなあこの感じ。高校生の頃からにっちもさっちもいかなくなったらとりあえずこうして、この状態にして自分の中から嫌なことをすべて追い出す努力をした。あの頃はそれでよかった。
音楽が本当の意味でわたしを救ってくれることは永遠にないと理解した。だけど孤独感や虚しさや息苦しさはまだなんとか和らぐようだから、表面上だけでもなんとなく掬ってくれてはいる。人生は短い。世の中にはきっともっとヤバくてすごくて良い曲が溢れてるのかも知れないけれどもう探求とか開拓よりも自分が今まで選んできた曲を何度も何度も擦って聴きたいと思うようになった。新しい音源にワクワクすることもあの頃に比べればかなり減って、そしてその分比例していつか聴いていた曲の記憶も薄れていく。不思議なもんだ。


「こういうのを求めてるわけでは、」とか「変わっちゃったよね」なんて言われてたアルバム、わたしも当時はそう思って次のアルバムはよなんて言ってたような気がするのに、いざもう一度蓋を開けばちゃんとその頃の記憶が音に染みこんでいる。日が沈むのが随分早い季節のスーパーの帰り道。毎日似たようなメニューの夕食。めんどくさくてスエットの上にジャージを穿いただけの外着。かかとが潰れたエセコンバースみたいなスニーカー。だせえ。ほんとだせえ。だけどそれでよかった。それがよかった。むしろもうそれじゃなきゃだめだった。あの頃と同じWALKMANに何度か変わったイヤホン。重ねるものが増えていった音。二度と繰り返すことが叶わない日常。遥か向こうの山合。いつかの冬。記憶にしかない道。記憶にすらない、遠い遠いあたたかい場所。


いろんなことが上手くできるようになったのかも知れないし、自分でもできることは増えたなと思うよ。初対面の人にも自分の名前を言える。笑って挨拶や話ができる。毎日朝起きて決まったところへ行ける。やってみれば恐らく至って簡単な、だけどあの頃は怖くてやれなかったこと。多分今の方がずっと気持ちは楽でちゃんと生きてるような気もする。

だけどこの空虚さはなに

過去の記憶に浸らなければ自分を思い出せもしない空虚さ。変わった環境と周りの優しい人たちに紛れていく自分自身の空虚さ。滝のように流れ落ちる時間と古いテレビの砂嵐のような思考回路。ばーかばーか。


なんだか随分遠いところに来てしまったような気がする。嫌だなあ。
ずっとそこにいたかったわけじゃなかった。いろいろなことができるようになりたかった。ちゃんと人としてなんとかなりたかった。あのままでいるなんて叶わないことは厭というほど実感していた。季節は無情なんだから。だからきっと今はわたしがあの頃望んだ未来で、それ以上でもそれ以下でもないはずなのに、それでも思う。帰りたいと。あの頃に戻りたいと。あの冬にもう一度会いたいと。


どうにもならないどうしようもないどうでもいいような日々がいちばんわたしをわたしにしてくれてたんだなと思う。
松本に住んでから冬がとても好きになった。寒いというより冷たい空気は凛として自分の身体を沈めて感性を感情の振れ幅を最大限まで過敏にしてくれていたように思う。だから長野には絶対行きたいんだよ。


というわけだ、頼むよ台風、逸れてくれ