疾走

長文ポエマー密室バンギャル

吐くための酒をくれ







うーんん
年末の空気にあてられるとこんな感じになるんかな
酔っ払いです。いや飲んでないけど、吐くために飲む酒ってあらゆる方面に失礼ですね。礼を失わずに吐けることもそんなないかな




「NOnsenSe MARkeT」を聴いています。なんというか原点に立ち直りたくなって…多分本格的にハマったのってこのアルバムからだったと思うんですよね。いやBeautiful Freaks聴いてMERRY良いなって思って(だからfinaleを聴きたいのです…)ライブ行ってチック・タックめっちゃ良いなって思ってベスト買ってふんふんしてたらアルバム出るって聞いたから買ってみて聴いたらうわすげー良いなって思って(どのアルバム好き?って訊かれたらBFと悩んで僅差でNMっていう)、したら次のシングルHappy lifeでお、おうwwwwってなったんだけどwwww…と、思うんだよな、過程
ハマる過程とかちゃんと覚えてるというか言葉に出来るってまあなんつーか良いですよね。整理出来て。ポルノもムックもMERRYもそこらへんはかなり詳細に覚えてるので、何もかも朧気なバンドはわたしにはいっこだけなんですよ。言わずもがな。



他所様の畑の出来事ではありますがあれ以来なんだかふとした瞬間に考え込んでしまいます。何も言及されないのを良いことに(良いことにっつーことはないけども)わたしはかなり好き勝手言ってきたなあと。い、いまさらー!
読んだ人が「見たくないものは見なければいい(から通りすぎる)」「そういう意見もあるかも知れないがしかし自分で見て判断する」ってのをしてくれているから何も言われないだけで、言われてもおかしかないよな…と、否定的な意見を書く方として恐怖みたいなものもあり、戸惑いみたいなものもあり…
「今応援してるんだからあなたの書くことは不快です」って言われたらもうこっちは何も言えないですよ。黙って削除だよ。それはやっぱさ、自分に、不快にさせてしまうだろうっていう懸念がずっとあるからで…
削除されたのはご意志なので、それを否定するのはご本人を尊重していないことになってしまうのでよくないのですが、やっぱり個人的には残しておいてほしかったなあなんて少し思ってしまいました。だれかに、なにかに、熱狂する、していた人の記録として。
あの記事はなんだろう、ちょっと励まされたんですよね。「降りる」、まあこちらの「上がる」っていう行為ですが、状況は全然違うのになんだか似たような気持ちだったので、勝手にすごくシンパシーを感じて。あれを読んで「励まされた」んだ。わたしは。


「ファンとして必要とされたい」って、持ってて良い感情でしょ?
わたしは好きでいる最中に不要に思われていると思ったことは一度もありません。ていうか、要らんと言われてもそんなもんは知らん、俺がお前を好きだから!アイラビュー神様!って思ってたわけで。でもね、DVD出すよーって告知のタイミングでね、「もういいかなー」って言われたときにはもう、さすがに、ああわたしはもう必要無いんだな…と思いました。見えてすらいないんだなと。勿論、2年は経ってたんだし、つーか勝手に落ちてった人間なんて見なくていいんです。そんなもん見てたら前になんて進めません。だからわたしは、愛憎悲喜交々で見てしまうけど、それでもあの人に自分のことや自分のバンドを過小評価されたり自虐されるのは嫌なんです。特に動員系のやつは…な……。それはね、今好きな人にも、勝手に上がってった人間にとっても多分悲しいことなんです。誰も得しないんじゃないかなあなんて。いいんだよ。ついていけなかったけど、ついていけなかった人間のことは横目にでも見捨てて、そうして歩みを進めてくれよ。置いてけ。置いてって、本当にもう追い付くことすら出来なくなるまで進んでもらわないと、わたしは報われないんだよ。勝手に落ちてった人間に報いる必要もないと言われればそれまでだけど、今好きな人たちをもっと良いところへ連れていって、今好きな人たちに報いることは多分というか絶対必要なことで、それがわたしへの弔いにもなるんだから一石二鳥じゃん、みたいな。何の話ですかね。くだらないですね。いつまでも。

当時は言葉にはあんまりしてなかったけど、あの人が自分たちのファンを大事にしてたであろうことは普通に知ってたしっつーか分かるし、きっとずっと優しかったし、まあ「必要とされてる」とはあんま思わんかったし顛末的にこっちの気持ちは無視かいと憤ったりもしたんだけど、それでもわたしが好きだったから全部それでいいんだわ。わたしが好きだったんだよ。相手がどう思うと知ったことじゃないさ、だってわたしには顔も名前も無いんだから。

顔も名前も無いことは好きが過ぎるとたまにちょっと切なくなるんだけど、でも認知されるよりはずっとましだったりする。永遠に伝えらんないよね。わたしの存在が何を生むんだと思うとね。何を生むの?わたしが?わたしみたいな物体が?わたしがあなたを好きでいることで?喜ばれたい?わかってほしい?ふざけんなよ。違う。わたしはわたしが喜びたいだけだよ。自己評価の低さとか、自分自身へのあくなき嫌悪感を「あなた」への好きで打ち消しているだけの卑怯ものだよ。わたしが好きなだけだから、だからいんだよ。まあ欲深き自意識過剰型土偶人間なので本音言えばちょっとでも見てくれと思うことが一度でもないかと問われればそりゃ言葉に詰まらんでもないが、一瞬詰まってすぐ横にヘドバンする勢いで無いな。怖いもん。怖い。いやだ。全部あくまで自分の話ね。人様のスタンスに言及するほどわたしは外向的じゃないです。あん?ますます何の話だっけ?

だけど「必要だよ」と言葉にされることは想像していた以上に幸せなことでした。だから寄ったんだもん。どんなに過去の自分を気に入っていて刷新したくないと思っていても、言葉を信用しきってはいなくても、それでも驚くほどにその言葉はあったかくて、優しくて、幸せなことなんだなと知りました。
それで「ファンとして必要とされたい」という気持ちがわいてきたわけで、だから今回のこともつらくなってしまうわけで。

好きだからで許されることなんか別にありゃしないと思ってるんだけど、好きなのはどうしようもないほどに事実だし、そうじゃなくなったかもしれないことも本音で、表現のしかたは責任を伴うけれど、一番奥の方の小さな、やわらかい感情はその人だけの大切なもので、それを責められるのは端から見ているだけでもとても息苦しくて辛いことだなと今回の流れを見ていて思うわけなんですよね。



むにゃむにゃもにゃもにゃ。年末って狂いますよね。今年あと3日しかないんですって。勿論全部仕事なんですけど。おりんちさんのカウントダウン迷うな…名古屋だししごおわからでも行けるんだよな…帰り途方に暮れるけど。



さっきまで物ではなかったはずのものが「物」に変わってしまうのはいつも冬な気がします。何で泣けないんでしょうね。悲しめないんでしょうね。ただいたたまれない気持ちで、ほんとろくでもない人間だなって実感します。欠けてるのかそうじゃないのかも分かんないけど、正しくないことだけは分かるし、正しいことが必要だと思ってることもよく分かる。年末の無為な寂寥、好きだけど無駄だなって思う。お鍋食べたい。あったかいものをたべてあしたもいきる。