雑感






文字通り雑感
雑(な)感(想)


マツコの知らない世界YOSHIKI出演回を見てたんですけど、一緒に見てた母がちょこちょこわたしを怒らせるようなコメントを発してきて修行僧みたいな顔になる
昔だったらめちゃくちゃ怒ってたと思うんですけど今はまあ「知らない人はそういう目線だよな」とか「分かんなかったらそう言いたくもなるよな」と思ってそーねーと流しながら見てました。
それでも内容に泣きそうになりながら…抱き合うとこマジでむり…知らんくても泣く…
わたしはXはあんまハマってないというか通ってないけど、ヴィジュアル系バンドに熱を上げている身としては感謝というか尊敬というか、やっぱXがいなかったら自分がこうしてバンドに熱を上げることもなく好きなものを好きだと思うこともなかったかも知れないと思うとありがたさ感じますよね。

わたしはマザコンなので別に母がこういうニッチなジャンルを好きではないこともわたしが好きだと知っていながら配慮を感じられないようなこと言っても「まあ別に好きでもないジャンルに対してはそらそうなるわな」くらいに思うだけなんですけど、むしろ何故こういう母から生まれて自分がバンギャになっているのかをただただ不思議に思います。父も母も割とおカタい人間でこういうものに理解があんまり無いタイプなので…いやもうたまに笑っちまうくらい前時代的というか…その反動なんだろうか…みたいな。

でもなー好きなんだよなー。楽しいんだよなー。化粧したステージの上の男が好きなんだよなー。そこにしかない景色と音と笑顔が猛烈に好きなんだよなー。

誰に否定されても(ってよく言うけど別に誰にも否定されたことないし、そもそも圧かけて否定なんてさせないような底意地の悪い人間なんですけど)、好きなものを好きというだけの我が儘さは持っている自己主張のかたまりみたいなわたしで、それでもさすがに家族に言われるとちょっとぬあーってなったりするんですね。はっけん。だからって言い返したりしないけどさ。
立派なアラサーと言われる年齢になって、中身はクソガキでもいっぱしの社会人みたいな顔して仕事しなきゃなんないし、周りはちゃんと家族を持って子供出来たり「普通」という名の理想の姿になっていたりして、周りがちゃんと生きてちゃんと進んでいるように見えてしょうがない中で、何でわたしばっかりいつまでもこんな大学生からメンタリティも行動も変わってないんだよって三ノ宮に向かう鈍行の中で延々考えたりしていたんですけど。

まあ箱ん中入ってライブ見てるともう何もかもどうでもよくなる。しょうがない。あそこは脳も顔面も溶ける

化粧が女性だけのもの、とは全く思ってないし思ってたらヴィジュアル系好きになんないし、でもそういう記号的な、コードのようなものが存在しているのはまあ事実な気がして、だからこそ自分の性別というか自分の中の「女性性」みたいなものを気味悪がってきたわたしがそういうコードをめちゃくちゃにするような人を好きになるのは当たり前だったのかなって。だから本命は永久に桜井青だし、今好きなバンドのボーカルだって女々しさ5割増みたいな人だしさ。

まあ別に自分が良きゃあとのことは何もかも知ったことじゃないけどね!

「正しさ」を癖のように意識し続けているな、ということに最近気付いて、多分それに照らし合わせると今のわたしは一切が恐らく正しくはないんだと思う。何度も言うけどこれ別に他人に対してじゃなくて自分についてのみの話です。他人に対してなんか言えるほどわたしの意識は他人には向かないですからね。おおよそ悪い意味で自分のことだけですよ。
正しくはないよね。正しさというのは「理想」とニアリーイコールなんだと思うけど、まず新卒で社会人にならなかったことがもう正しくないし、この歳だったら付き合って3年になる恋人と結婚考えるみたいなのがよかったし、現実は全然チラリとも掠りゃしねえけど、一応そういう理想みたいなものはあって…多分それがわたしの中では正しくて…

ていうかアラサーになってバンギャルやってるとは…夢にも…

神戸がマジで楽しすぎて楽しすぎたんですけど、帰りの新幹線の中で少しだけ、その楽しさを裏付けるように「何であのときバンギャル上がれなかったんだろう」ってまだ考えたりした。これは湿っぽい話ではなく、あくまであっけらかんと「あそこで上がってりゃそこそこ普通の人生ワンチャンあったんじゃね?」みたいな。MERRYにハマってなきゃなーみたいな。言い方あれだけどこれはホント悪い意味ではなく…
まあでも幸せだよなって。死ぬほど好きなものに裏切られ(た、と当時は思ってい)ても、それでもまたあの熱に出会えたことはラッキーだよなって思うし、否定されても好きだって言いたいんだと思えるものがあるのはやっぱわたしには頼もしくて心強いことだよなって。

それに最近一周回りきった、と思って、改めてcali≠gariを聴いてる。やっぱまだ8期よりは7期のばっかにはなっちゃうんだけど、良いよね。やっぱcali≠gariはいいぞ。勝るもんなんてきっと永遠にない。それでいいんだとやっと暗い気持ちなしに思えるようになってきたし、そう思えるものを作ってくれたことに感謝したいし、出会えたことを誇りたいよなって。だってもう如何ともし難い桜井青が本当に本当に尊すぎて………


何かに熱狂している人間を見るのがとても好きなんですよね。ホッとする。自分だけじゃないんだーっていうのとは似て非なる感じなんだけど、なんていうんだろうな、やっぱなんか嬉しいし安心するよ。この人はこれが好きで救われているんだなーって思えて。「好き」を生きる意志だと捉えてんのかな、この人生きてるなーみたいな…たぶん…



ここまでナナメりながら生きてきてしまって、過去はどうにも変えらんないので今更「普通」にはなれねんだと思うんだけど、げんきだし生きるエネルギーあるからそれでいいよなって思ったという話でした。いつもこの結論になる。これはつまりガラちゃんの言葉を借りれば「真っ直ぐ歩いてきてる」ということだ…
あとまあ分かんないものに対して否定的な言葉を言ってしまうのはしょうがないと思う。配慮しろって強要もなんか違うような気もするし。だけどやっぱ他人がその心身を救われるような好きなものに対して水を差すようなことは言わんでおきたいよなーと思ったっつー話でもあります。責任を負えないので強要したいわけではないですが

あとだからこそ自分の「好き」で他人を緘口させたくはないし、マウンティングみたいなのもやだなって。そこは気を付けなきゃいけないところだなって思います。ちゃうやん…何で自分の好みで他人をねじまげて黙らせにゃならんのじゃ、それはちゃうやん…いやブーメランの極みだけど…



なんてことをマツコの知らない世界を見ながら思いました。決してこういう生き方は珍しいもんではなく、むしろメジャーなくらい数があるはずなのになーんとなく肩身が狭いのは何でなんだろうね。それこそ自意識過剰なんでしょうか。それでは風呂入ってきます。風呂でガラカルテ読もっと(^3^)/~☆