疾走

長文ポエマー密室バンギャル








仕事中に泣くクソ女、どーこだ。ここです。えっ、死ねばいいのに

なんとなくTwitterもブログも書く気になれなかった。楽しかったってライブの感想とか休みの日に出掛けたって写真とか薄いテレビの向こうの幸せとか、美味しそうな色とりどりのスイーツとか誰かの結婚のニュースとか近場の隠れた絶景スポットとかそういう喜ばしいきらびやかな一切と、そしてヘイト、ヘイトへの怒り、或いはただただ悲しい話、そういった感情をざわつかせ荒立てる一切をいったん見たくなくて、半ば諦めてログアウトして情報から遠ざかっている間に、スマホの充電器がご臨終し、売上達成のために自腹を切りまくり、上司に「空気圧の点検」とかなんとかで車のタイヤを蹴られ(これについては今も激怒している)、寝違えて首を痛め、本命のアー写があの頃のようで、昼休みに入るタイミングを客に奪われ、昼飯を食いっぱぐれ、上司に怒られ、わたしは泣いた。
泣きたくて泣いたんじゃない。それに見ない振りをする優しさだったのかも知れないけどとりあえず泣いた顔を誰かに晒さずには済んだんだ。鼻水垂れ流しはまずいのでそこはすするしかない。音は立つ。してないのと変わらない化粧なんかなめされたように落ちる。でも車と倉庫で我慢が出来なくなっただけで、目の前で泣いたりなんかしてない。
ネットから距離を置いてる間にあっさりと限界は来た。限界だったからネットから離れたがっていたのかも知れない。何はなくとも涙が出てくる。書類の一番上の自分の名前がものすごく憎くて、手に持っている仕事用の端末がゴキブリのようにおぞましい。普段なら何にも気にならないことが敏感に障る。お金がないこと。恋人がいないこと。友達が減っていくこと。見た目が良くないこと。頭が悪いこと。まだ生きていかなくてはいけないらしいこと。頭の中で積み重なっていく否定に次ぐ否定が溜まった疲れを水に変え、目から外に押し出そうとする。
面倒くせえなあ。わたしだって泣きたくなんかねーんだよ。涙で人を黙らせるようなことしたかない。女の武器なんかじゃない、これは卑怯で狡猾な「方法」だ。職場で泣く女なんてクソ嫌いだわ。だけど勝手に出てくるんだよ。止まんねえの。
少し前に療養で人事部付けになった同い年の同期のことを考える。「涙が出てきちゃうんだって」そう人伝に聞いたとき、わたしは声を上げて笑った。笑ったんだ。だってもう笑うしかなかったのだ。キツいよね、分かる。そこまで来ちゃったかって。笑うしかなかった。これかー。そっかー。わたしのことも、高らかに笑い飛ばしてくれ。

諸条件が合ったから行っただけだ、大学は。すごく行きたかったわけでもないし、行きたくなかったわけでもないし、幸いなことに学力も(有り難いことに財力も)足りなくはなかったみたいだから行った。でも行って本当に良かったと思った。忍耐力と考察力が欠片もなかったので苦労はしたが、行かせてもらえて良かったと今は思える。
だからだろうか、仕事をしているといつも何をやっているんだろうと思う。まあ確かに、職種と母校を照らし合わせたら恐らくは本来の意味での役不足だ。わたしの能力は別として。でも、あれ、こんなことするために大学出たんだっけ?っていつも思う。別に目的なんかなかった癖に、一丁前にいっぱしの社会人の顔して、大学出てまで何やってんだろうわたしって思ってしまう。そこはずっと思っていたところだけど、金と時間と労力を必要とする趣味があったから割り切れてた。割り切れると思ってた。
ああ、見下しているんだな、この仕事のことを。見下しているような仕事に何時間も縛られて、誕生日もおじゃんになって、趣味への情熱も執着も少しずつ失ってきているのが手に取るように分かるのが、ものすごく、ものすごく、馬鹿馬鹿しいから泣いているのか。そうじゃない。そんな馬鹿馬鹿しいことすら満足に出来ない自分が馬鹿馬鹿しくて泣いているのだ。馬鹿馬鹿しいと思う自分の浅さがどうしようもなく馬鹿馬鹿しいと思うから泣いているのだ。

基本的にネット上に生息しているので、久しぶりになった投稿を見た友達がDMをくれた。心配してたよと一言言われて(ありがとう、)じわじわ涙が出て来てああこれはちょっと今までの中でもかなりまずいやつだなと思った。
明日も早番。わたしは一体何をしているのか?女性にはやらせてないでしょと天上人の爺さん達が誇らしげにのたまった仕事を、わたしはこの2年間ずっとしている。きっと他の女性社員だってそうだ。現状の把握も出来ない、思想のトレンドが全然アップデートされないWindows 95な会社に、わたしは明日も行けるだろうか。

ハロワに大学時代行きたかった企業の求人があった。それを見て少しだけ元気になったので今これを書いている。休みは少ないし給料も少ないけど、仕事も趣味もどうでもいいやってなってしまえばそれでもいけるかも知れないと思ってブックマークした。何よりこんな風に何をやってるのかって思いながら働くよりはきっといいんじゃないか。自分が憧れる余地がある分、ずっと魅力的に思えてしまう。隣の芝はとても青い。今辞めたらめちゃくちゃ顰蹙だろうなあ。仲良くしてくれてる人も手のひらを返したように冷たくなるかも知れない。いやこの場合手のひらを返すのはわたしなのか。引き止められるだろうけど、でも、土壇場で辞めたらきっとめちゃくちゃスカッとするんだろうな。ざまーみろ。

ああ死にたい。死にたいと久々に本気で思った。もういいよ。何もかもうんざりだ。気になるのは好きな漫画の結末だけ。それだけだ。あとのことは出来るだけ忘れたい。外国人の安楽死、スイスでしか出来ないんだって。何でわたしオランダに生まれなかったの?費用200万円?高ぁー!いや、衝動的なものはダメらしいけど。ね。なんかね。くだらないね。こんなこと書いてるのもすごい中二病~!って感じだよね、ネガティブで否定することで優位に立とうとする頭の悪いわたしが同じく頭の悪いわたしを嘲笑っている。要らねんだよなあ。体も。心も。顔も。誰が聞いてくれるわけでもなし、もう全てを吹き飛ばしてくれる好きな何かがあるわけでもなし、憂鬱をはね除ける自信が自分にあるわけでもなし。何で生きてんだろう。うんこかな?うんこだって人目に触れずにひっそりと流れてくわ、うんこ以下だわ。排泄物は流れていくし、ゴミにさえゴミ箱がちゃんとあるだろ。わたしには何がある?何もないわ。