臙脂








なんとなくだけど、27歳には何かあると思っていた。


今までで一番呆気ない誕生日だった気がする。そりゃあ去年も一昨年も休みを取っていたし、その前も多分誕生日に労働なんてやってられるかとか誕生日に売るような労働力は無いとかなんとか言っていっぱしの人間みたいな顔して何だかんだ1日空けていた気がする。少なくとも1日予定が無ければ呆気なく終わることもそんなに無いだろう。だって何もかもが意志下だ。
何かあるといって何かと言われるとまあなんだろうな、ライフイベントとかステップアップとかキャリアチェンジとか意味もよくよく認識しないままにぼんやりとそんな類いのことが起きるような気がしていた。本来は全て起きるものではなく起こすものだ。だけどもっと言えば数年前、わたしは27歳で死ぬかも知れないと思っていた。凡人だけど。名高いロックスターでもなーんでもないんだけど。27になる自分は想像出来てもそれ以上は想定していなかった。
何かあれば良かった。だけど、前部署の一大イベントの手伝いは今日で終了し、明日1日休んだらまた元の部署に戻る。認めたくない日常に戻るのだ。わたしは28になった。戻りたくない日常を認めるのだ。

右往左往した中でも殊更にこの1ヶ月は仕事を辞める変えることだけ考えていた。やめたいのは変えたいのは仕事ではなくこの人生なんだろうと思いながら、サービス早出の空き時間の間、昼休憩の間、トイレに行ったものの5分の間、ひたすらに転職サイトを漁っていた。仕事が一番変えるのに簡単で、そして今生きている1日の中で一番比重が重いからだ。ほんとはやっぱり人生変えたいし、ていうか人生そのものをやめたいし。もういったいぜんたいどこまでこんなしょうもない生活というものを続けていけばいいんだよと宛もない憤りだけを抱えているような感じだ。だせえなー、ほんと。

この1週間で、わたしが今の会社で働いて出会ってきた大部分の人に会ったけれど、結局「仕事辞めようと思ってるんです」とかそんな話は誰にも出来なかった。出来なくて良かったと思う。わたしの憂鬱に付き合ってくれる人はいないし、いたとしても付き合わせてしまうのは結局忍びない。独りで悩んで独りで決めて、独りで動く、それだけしかない。誰かがわたしの人生に責任を取ってくれるわけではない。勿論取らせたいとも思っていない。わたしはそういう考え方を、多分とても悲しい意味合いで身につけてしまった。ほんとうはこの言葉を、前向きに言い放てたら良いのにと思う。

悩みごとがあるなら言わなきゃ駄目だよと言われた。
その台詞には言外に「面倒ごとは事前に潰したい」とあるんじゃないかなんて軽く思ったけど、そうであってもそうでなくてもあんまり関係のないことだ。言わなきゃ駄目だと言われても、それが純粋な心配であったとしても、わたしは何を言えばいいのか分からない。何が正解?なんて言ってほしい?自分が信じている人間以外に対しては相手にとっての正解の言葉を探すものでしょう。最適解を探してただ金魚みたいにぱくぱくと口を動かすだけだ。合ってるのかは最後まで分からないが。相談しろとのたまう相手の多くは、大抵が既に問答を用意している。わたしの意志や本音はそこに必要がない。だから相談なんてしない。意味がないからだ。わたしの肚は言うまでもなく決まっている。わたしの心はわたしのものだ。そうじゃなくちゃだめだ。

本音を言えば相談したいさ。言えるものなら言いたかった。わたしの話をわたしが飽きるまで聞いてほしい。泣いても許してほしい。結局はそれに尽きる。だけど、いつも「言ったところで相手がわたしの何かを変えてくれるわけでもなし」と思ってしまう。それはきっと他ならぬわたしが相手の人生を変えることは出来ないと思っているからなんだろう。相手の時間を奪ってまですることでもない。それは他ならぬわたしが他人に時間を奪われることに抵抗があるからなのかも知れない。泣けばいつだって責められるか呆れられるだけなのに、どうしろっていうんだ。

憂鬱だ。鬱いでいる。晴れない。ずっと。
許されたい。許されたい。ずっと。 誰に?




腕時計を買おうと思う。
今までの買い物で一番単価が高いものを。今年の誕生日プレゼントに。これからもきっと右往左往しながら生きていく。狼狽しながら呼吸を続ける。28ちゃいおめでとう自分。昨日だけどね。想定の範囲よりも、よく生きてると思うよ。毎日ちゃんと生活している。それだけでもう偉いわ。びっくりするわ。










>>コメントレス

少しお時間頂いてしまいましたが、先日はコメントありがとうございました。コメントを確認したのはちょうどわたしがうっかり泣きそうになってトイレに駆け込んだときでしたので、驚きも喜びも一入でした。
同じく異動があったとのことでご心労お察し致します。環境の変化は本当に大変ですよね。鸚鵡返しのようではありますが、だんだんと寒くなります時分ですので、貴方様もご自愛くださいませ。
ただ、わたしはもう逃げに逃げた上でここにいますので、もう逃げるわけにはいかないのです。
好きと言って頂いてありがとうございます。青さんの歌詞の記事でしょうか、あれこそ何も考えずただべらべらと喋っただけのものですが、気に入って頂けたなら幸いです。カッコーの巣の上でについては恥ずかしくて自分では読み返せないのですが、そう言ってもらえると書いた甲斐があるというものです。
こちらこそ購読ありがとうございます。きっと生きている限りは何かしら書いていますのでまたお暇なときに見に来てやってください。
わたしも時間のあるときに読ませて頂いています、更新楽しみにしております。

コメントありがとうございました。