疾走

走るのは遅い密室系バンギャル

俺の話を聞け





幼馴染が結婚した


幼稚園から高校までずっと同じで、まあ向こうの方が頭が良かったから大学は違ったんだけど、兄弟の年齢も一緒で家庭環境とか価値観みたいなものもかなり近くてよく話してた。友達よりも盟友とか同志とか、そういう感覚に近かったような気がする。成人式でも一番話したし、お互い大学を卒業して働き出してからもGWや年始なんかにたまに会って話をしていた。
わたしは自分の家みたいな家庭をもうひとつ生むくらいなら結婚なんかしたくなかったし、そもそも自分みたいな人間に幸せな家庭なんぞ作れるわけもないと諦めているわけだけど、あいつは早く結婚して若い親になって幸せな家庭を作りたいってずっと言ってて、自分の家では出来なかったことを自分がやりたいと言ってて、人を好きになって、ちゃんと行動して、結婚した。大学もいいとこだし院卒だし給料もきっと良いんだろう。知らんけど。いやー努力ってすごい。「紹介したい」って言われても、わたしどんな顔で会えばいい?

30歳になってお互い独り身だったら結婚しようぜ、なんていつしたかも分からないものすごくくだらねえ話をわたしは未だに覚えている。
恋とかではなく、愛なんてもんでもない、ただのつまらない日常会話のひとつ。軽口のひとつ。結婚とは、わたしにとっては本当に同盟や契約のようなもの。親を見ているとそう思う。申し訳ない話だな。でもそうとしか思えなかった。愛がないとは流石に思わないけど、あるともあんまり思えない。どうも恋愛というものが気持ち悪く感じるのは一体何でなんだろう。
だから、父に以前「お前もいつか恋をして結婚するんだろう」と言われたときに、心の底から閉口した。何を言ってるんだよと。夢を見るなら寝てくれよ。そもそも、さあ、子供は往々にして、親を見て育つんだよ。

「もしも望むようにならなかったらお互い妥協しようぜ。」その程度の、出来の悪いジョーク。お互いに失礼極まりなくて、生温い、中途半端に勉強が出来た田舎の高校生の成れの果て、つまらないニヒリズム。少なくともわたしにとっては。
失恋したとかならまだ面白かった。良いネタになった。美しくて泣ける思い出(笑)くらいにはなれただろう。だけどそうじゃない。そんな落とし所の決まっている話じゃない。
右目から次々涙が出る。左目は機能してるか?


2年前のこの時期だった。母と2人で暮らし始めた矢先、母の病気が見つかった。自分が初めての異動をした上に母は入院と手術があって、わたしはぐちゃぐちゃだった。幸運なことにわたしは頑丈の極みで大きな病院なんてほとんど行ったことがなくて、だからこそ静謐な白い建物と、如何にも仕事の出来そうなだけど優しそうな女性の職員がなんだか恐ろしくて、もしものことを思うと馬鹿の一つ覚えみたいにわんわん泣くことしか出来なくて、毎日毎日限界だった。とか言って限界だった割に腹は減るし、朝は起きるし、音楽は聴いてたし、現実と現実が乖離しているようだった。帰って来ても暗い部屋、レンチンの奇妙なにおいのするパックご飯に卵をかけて食べて、することも喋る相手もいないからそのまま寝るだけの生活が、大体2週間から3週間くらいは続いただろうか。長い2週間だった。誰にも何も言えなかった。つらいこと何でもゲロるマンのわたしが、初めてゲロらなかった。ゲロれなかった。こんなときにゲロって言い方やめろよ。

この時期の異動がトラウマなのか、それもあって10月まるまる死んでいたわけで、いや今も大概なんだけど、で、これは笑ってほしいんだけど、仕事中に母や犬のことを思い出すと涙が溢れて止まらなくなった。馬鹿みたいである。まあ現部署も普通にしんどくて、さすがに転職を考えて、希望する条件ではほぼ必ず給料が下がるわけで、そんな中で今の生活が維持出来るかとか、そもそもずっと母と暮らせるのかとか、犬も高齢になってきて、ほんとにわたしは伴侶やパートナーといったものと無縁でこの先独りで生きていくのかとか、趣味も微妙、仕事はしんどい、金が無い、プライベートって一体何、貯金とか保険とか健康とか容姿とか資格とかこの先とか朝起きて顔を洗ってる最中にいろんなことが頭を過って猛烈に生きていることが怖くなる。生きるのって怖くない?つらいとは何度も思ってきたけれど、ものすごい勢いで背筋になにかが這うような恐怖を感じたのは初めてだった。振り払って出勤するのにいたく労力を使ったし、左手の親指は更に肉が見えるようになった。ああ、多分年齢的に、そういうものに襲われる時期が来たんだろうなとも思うんだけども。だってわたしは27くらいで消えてる想定だったんだもん。想定の、範囲外が、今だ。


おめでとう。
本当におめでとう、夢が叶ってよかったね。奥様に紹介されてもわたし、何て言っていいか分かんないけど。同年代の女の子と話す機会あんまないし、そもそも結構苦手だし。
だけどお前が選んだんなら絶対いい子なんだろう。それだけは分かるよ。お前のことは信用出来るからな。いい奴だからな。幸せになってくれ。


わたしの代わりに、
は、卑怯すぎるか。
羨ましいね。ちゃんと努力出来ることが。望んだことを形に出来ることが。この人とならと決断できるほどの相手を見つけられたことが。それが、わたしにとっては恋でなくともあいつだったわけだけど、それも今更だな。わたしはいつだってどうせ自分には出来ないって諦めてしまう。自分のことも見放してしまう。羨ましいと口に出してはおきながら、とても頑張れない。頑張り通す自信が無い。頑張ったことなんてひとつもないし、あったとしても認められなかったし。甘えていることは分かってるんだけど、生来怠惰なもんだから甘えられるなら甘えたいよね。何の話だっけ?
左目からも涙が出てきた。
生きていればきっとこんな日もあるし、悩むし、誰しもが直面することなのかも知れないけど、いつもそれに独りで立ち向かわなくてはならないの、あまりにもしんどすぎないか。独りなのを選んでいるのはわたしなのか。だけど、誰になら、分かってもらえる?わたしはいつからか、多分物心ついたときから、ずっと寂しい。ああせめて寂しいという言葉が可憐に響くような女だったら良かったのに。こざかしいルッキズムがまともに落ち込むことすら許してくれない。それでもお構いなしに孤独感はべったりと張り付いている。目の前にいると思えば上にいるし、後ろにいると思えば隣にいるような厄介なヤツだ。時々はらわたにねっとりと湿気た冷たい風がまとわりつくような気持ちになる。寒々とした、気持ちの悪い、どうしようもない、震えるような孤独感。


生きるのも死ぬのも怖いんだけど、どうしたらいいんだろう。