♪:天国で待ってる








ヘクトウのチケット引き換えてきた~
コンビニはセブンイレブンが1番好きなんだけどよく使うのはファミマだし、チケットに関して言えばローチケのサイズが最も管理しやすいです。安いし。イ●プ●スの高さなんなん?

なんか最終的にまーたあんまりいい話じゃなくなってしまったわ。すみません




































※嘘です。

ごめん冗談です。神番ではねっす。前回と比べると全然でしたで。そんでも復活直後のcali≠gariだったら咽び泣いて喜ぶレベル。…いやそれを神番というのでは?
ていうか捌けてる?って心配になっちまったな。うん。平日の静岡。うん。コンビニの駐車場に停めたとき車載Podから「天国で待ってる」が流れてて、下りるときに思わず「天国が待ってればいいですねー」って一人言言ってしもうたわ。待ってなかったわ。そんな番号でした。
しかし前回は腹を痛めても吐き気を催しても仲の良いギャ友が介護(介護)してくれてたので正気を保てていたのですが今回は完全にぼっちなのでとても不安です。喜ぶべきか悲しむべきかもよく分からねえ番号だしどうなるやろなあ。どんな顔していいか分からないの。マジで。でもなんか久々に味わいましたこの発券時発覚する整理番号に対する緊張と恐怖。ちょっと楽しかったです。

本当に神番が来たらもっと文字デカくしてセンタータグ入れて盛大にネタブログ書いたろと先月に思い付いてたんですよこの冒頭の文面。え?シンプルにアホか?
何でこんなしょーもない嘘をついたかというとそのあとに続けたいことがあったわけですよね。書きたいことの導入に都合の良い文章がこれだったってだけの話で。
演者って客選べないから大変だなあって。
我ながら「うわわたしの自意識めんどくさい…」の極みなのであんまり書くのもどうかなってところではあるんですけど、演者って客選べないじゃん。だからファンを「教育」とか「管理」って言葉が出てくるわけじゃん。
わたしだったらわたしみたいな奴出禁にしたい気持ちでいっぱいだけど、現場で迷惑行為とかしないし(そらそうよ)、チケット転売するわけでもないし(俺は人に譲ってもらうより一般で取る派だ)(別にそこの是非云々ではなく見知らぬ人との金銭のやりとりが心の負担になるので…)、出禁とかには出来ないんですよね。いや出禁ってマジでよっぽどのことだけども……そんでもほら、やっぱりチケット買えば入れちゃうんだよねライブハウスって。そいつがどんな感情であっても。そういう人間を前にパフォーマンスするのってすごくこう、すごくない?(諦めるなよ)パフォーマンスならまだしもさ、バンドによっては「生きざま見せます」なんだよ。狂ってるよねお互い。実際わたしはそれが見たくて行ってた。舞台上で曲の中で生き死にを繰り返すバンドマンが見たかった。
で前回のときに思ったんだけどさ、どうよ、最前に怨霊。可哀想すぎねえか?昔「最前いっつもおんなじ奴問題」みたいなことについて触れたし今でもあのときと同じこと思ってるけど、やはり最前ってのは魔境ですよ。入れるもんならそりゃあ入りたくなるよなって思った。初めて本命オンリーの視界になってみてそう思ったんだよ。尋常でないよあれは。でもさあそれが純粋な好意や憧れがもとでそこにいるならまだしも(好きは凶器だと思ってるけどそれは一旦置いといて)、好悪抱き合わせ清濁併せ持った人間が目の前にいるの、めっちゃホラーじゃないですか?むしろ嫌悪だけの方がマシとさえ思えませんか?それはないか?ひえ~~ごめんなさい~~行くけど~~みたいな。いや何が言いたいか分からなくなってきたな…
いやまあ向こうにとっては畑の野菜でしょうから別にこっちの自意識なんか関係無いのは百も承知ですけどね。ただ考えるは考えちゃうよね。お野菜の自意識。

一応仕事がわたしを侵食してこない限り行くつもりでチケット取ってるし、発券日を指折り数えて待ってたわけだし、結局行ったら服従キメるみたいな感じにはなるんだけど(字面ヤバ)、なんかこう…ねえ…まあ…自分の自意識めんどくさって話でした。ほんとに何が言いたいか自分でも分からん
だからこそ去年のおぢちゃんのセリフは毒であり薬であったわけよね。劇薬だった。ンー、本命、やはり強い。

前回記事のついろぐ読み直してて思ったんですけど。
パケ死という言葉があったインターネット黎明期、或いはインターネットに手軽に触れられない年頃、SNSがなかった時代にハマる「対象」ってさ、やっぱり自分の都合の良いように人格を作り出すじゃん。向こうからの発信が少ないわけだからどうしたってこちらの都合の良いように解釈するじゃん。今のこのSNS時代、後追いするほど偶像を作れるような人なんてほとんどいないように思えるんですよね。わたしも今大学生だったらあそこまで狂信的にはならなかったような気がするんだよ。つまり理想の押しつけなんだよなあ。





話変わるけどもういっぽうのバンドがなにやらきなくさいことしたらしくて行ってないけどちょっと萎んでる。
いやほんと、なに、大人になるとさあ…真面目なバンドが好きになる。頑張ってるバンドを応援したくなるもんなんだなあ。
「真面目にやれ」って言葉、つい言いたくなるけど、自分が言われたらものすごく「うるせえ!」って返したくなるよね。めっちゃしんどいなって思うもん。でも自分でさえそう思う言葉を投げたくなっちゃうようなさあ、政策をさあ、取るなよ……そんな言葉言わせるなよって言いたくなっちゃうんだよ…よくない…よくないのは分かってても…

わたしは仕事に意欲的なわけじゃないけど、それでもやっぱりなんだ、どうしても社会人の目線ってものを身につけるわけだよ。期限を守る、言ったことは守る、それが出来ないのなら代替案とか改善策とかを考える、間違えたりミスをしたら誠心誠意謝って再発防止をする、そういうのが当たり前の社会でなんとかうにうにやってるわけじゃん。結局そういうのって全部真面目にひとつひとつやるのが1番近道だしラクなわけじゃん。誤魔化したりスルーしたり下手なおためごかしする方が余計におかしなことになるわけじゃん。「真面目にやってくれ」がキツい非難になること自体がもうさ、その時点で信用なくしてるってことになるわけ。主語を大きくしたくないけど多分お客はほとんどそういう世界で生きてるんだと思うんだよ。いくらそういう現実を忘れるために娯楽があるとは言っても綻びが見えれば一気に夢から覚めてそういう目線が呼び起こされるわけで。世間的な感覚との齟齬がこういう事態を生むと邪推されても文句は言えんで。そんなこと言いたくない。言わせないで。ファンはバンドに甘えすぎちゃいけないと思うけど、バンドだってファンに甘えすぎちゃダメなんだよ。

もう掌でなんて踊れない、翻弄されてあげられない、なんて、上から目線が過ぎるけどさ。出来れば一緒に歳を取りたいと思ったとき、そういうところの価値観ややり方のズレは必ず軋轢を生むんだよ。失敗するなとは一切思わないし言わないけど、そのあとの対応に本質を見る、だからそこだけは間違えちゃダメなんだ。

いや行ってないけどさ。行ってないわたしが言うことじゃないよ。でもそうじゃなくて一般論というか、どんなバンドに対してもずっとこれは思ってる。おんなじことをずーっと思ってる。
余計なお世話ですよそりゃ。でも見たくないんだよなあ人が好きなものにがっかりしてる姿。
夢の中にいたいのはきっとお互い一緒なのに何でそんなにうまくいかないんだっていう気持ちになるんだわ。








で、また話は変わるんですが、Twitterを徘徊していたら素敵な記事を見つけたのでシェアします。
もうミスチルファンをやめようと決めた日|けけで|note
アー、わかるわかる わかる
わたしももう一度これになりたい